今山物語7

 ホーキングの宇宙観にふれたときに思い出したことなんだけど、この話は書いたことがあったかなぁ。
 同じ頃、「原始人類」にも興味を持っていた。
 南アフリカ出身で、若い頃の恩人だったヴァン・デル・ポストのどこまでが現実かわからないようなアフリカの話に惹かれていたことも影響していたのだと思う。
 たとえば、『カラハリの失われた世界』に出てくるネイティブ、ブッシュマンのことわざ。
   「人間は、自分が知っていると思っている以上のことを知っている。」
 ──それが正しい。夢野久作ドグラ・マグラ』の主題もそれだった。(学校で知り合い、のちに河合の名物教師になった男から「ドグラ・マグラを読んだか?」と訊かれたことがある。「うん。」「最後まで読んだか?」「うん。」「ふーん。ドグラ・マグラを最後まで読んでまだ普通でいれらる男はアラキさんでやっと二人目だ。」本人は頭がおかしくなりそうになって途中で投げ出したのだそうだ。)──
 ヴァン・デル・ポストのお婆ちゃんは、自分が開拓した土地を息子に譲って、さらに奥地の開拓に孫を連れて出ていった。その時、忙しいお婆ちゃんに代わってヴァン・デル・ポストを育ててくれたのがブッシュマンだったので、しぜんにブッシュマンのことばも覚えたという。なお、お婆ちゃんは、そこの開拓が済むと孫に譲り、自分はさらに奥地に現地の従業員たちを連れて入っていったとあった。

 すでに人類の祖先はサルとの分岐点にまで遡ることができるようになっていて、「一千万年以上前の人類の化石を発見した」と発表した学者もいるらしい。
 その過程で、南アフリカ最南端の洞窟から2種類の人類の化石が同時に見つかった。
 1種類は草食系。もう1種類は肉食系。
 男子校だから、生徒にその話をして、「それを、2種類の人類が協力して生きていたんだと考えた学者たちもいるけれど、私はそうは思わない。・・・どう思っていると思う?」と質問したら、「草食系は肉食系から食べられていた。」
 うん。そうだね。草食系は肉食系のエサだったと考えるほうが自然だな。
 ところで、われわれは、どちらの子孫だと思う?草食系?肉食系?
 生徒は黙っている。
 じつは草食系なんだ。自分の奥歯を確かめてごらん。ひらたいでしょ?ひらたい歯は草をすりつぶすための歯だ。われわれは牛やシマウマと同じ歯をもっている。草食系人類のほうが生存競争に勝ったんだ。
 生徒がなんとなくほっとしたような顔になる──というのはたぶん創作。

 肉食系人類のエサだったほうは草の根(いまで言う根菜類)を食うことで生き延び、繁栄を遂げた。それなら無尽蔵にあるし、葉っぱよりは栄養価が高いし、競争相手もほとんど居ない。(イノシシは根菜類に目がない。山小屋の庭は毎年のように掘りくり返されている。)
 
 ヴァン・デル・ポストによると、ブッシュマンの男たちは狩りをする。というか狩りしかしない。男たちが出て行ったあと女たちは棒きれを持って出かけ、木の実や根菜を集めて子どもたちと男たちの帰りを待っている。そして、たいていは手ぶらで帰ってきた男たちと食事をする。
 じゃあ男たちは女たちに寄生しているだけかというと、そうではない。かれらはカラハリ砂漠を、担いでいける範囲の簡素な生活用具だけをもって移動しながら生活している。そして或る地点にくると、男はストロー状のものを地面に挿して根気よく吸いつづける。すると筒の先から水が湧き出てくる。「今日はここにしよう」
 生きていくうえで最も必要不可欠なものを探り出し、家族に与えるのは男の役目。
 ──人間は、自分が知っていると思っている以上のことを知っている。──
 
 もちろん我々は牙も持っているから、肉食系と草食系のハイブリッド体、雑食系ということになる。両者は交配が可能な範囲の違いでしかなかったことになる。その違いを「文化」と呼ぶかどうかは、ほとんど好みの問題なんじゃないかな。
                                  2018/01/30