美浜日記1

 「黄金の十年」の二年目を、児島襄『平和の失速』から始めたのは(偶々とはいえ)大正解だった。
 もともと「大正期が近代史のヘソだ」とガンをつけてはいたが、これまでなかなか手を出せずにいた。
 明治43年 大逆事件韓国併合(1910)
明治44年 辛亥革命(1911)
 大正3年 第1次大戦勃発(1914)
 大正6年 ロシア革命(1917)
 大正7年 シベリア出兵(1918)
 大正8年 朝鮮3・1運動、中国5・4運動(1919 )
 大正12年 関東大震災(1923)
 大正14年 普選法、治安維持法(1925)
その間にドイツで大インフレが起こり、ナチスが結成され、中国共産党が結成される。(すべて、おさらいです。)

 欧州大戦直前の大隈(加藤高明外相)内閣は、日英同盟にもとづいてドイツに宣戦布告することをイギリスに同意させる。
 原敬はそれを「無名の帥」と切り捨てる。「そのあと外交、財政、経済の大問題が惹起する。」
 山県有朋はそれを、「火事場泥棒」式戦争は道義の否認にほかならず、「政治道徳と国民精神の荒廃」は必至だ、と書く。──これは国民国家のための戦争ではない。「加藤高明はまるで英人なり。」
 元老会議に出席した松方正義もまた「なにぶんにも不安の念に堪えず」と発言するが、加藤高明たちにとって元老たちはすでに「お飾り」でしかなかった。
 大隈内閣に入閣した尾崎行雄たちが、その方針の非道義性を指摘することはなく、その後の国際社会で日本がどういう位置に立つかという展望も持つこともなかった。
 米大統領ウィルソンは「米国は日独の紛争に関係をもたない」と声明するが、以後、将来の対日戦の研究に着手し、一方では日本研究のために大学の日本語科の授業料を無償化する。
 ※児島襄に『満州帝国』があるのを知った。二年目はまずそこまで進もう。(と言っても、『平和の失速』はまだ五巻残っているんだが)

 右まで入力したあとアキレス腱が切れた。
 入れ込んでいた気持ちも切れた。
 同級生には「なにかに追いかけられているよう」に見えていたらしい。
「黄金の⒑年」は、「銀色の9年」程度に。でも欲が深いから銀ならば⒕年に延長するか。

アメリカに宣戦布告する前に日本は石油を確保せねばならない。インドネシアの油田を確保する事は出来る。しかし、その石油を日本に運ぶ船団は次々に撃沈され、⒘年中に日本は戦争継続が不可能になるだろう。」
 昭和⒗年4月に作られた「総力戦研究所」一期生のよる机上演習の報告の骨子。
 平均年齢30代半ばの者たちの結論は、宣戦布告とパレンバン奇襲の順序が違った以外はほとんど的中した。

 総力戦研究所はイギリスの王立防衛大学を真似て人材育成のために設立され、各省庁に逸材を出すよう養成したが、カリキュラムもなにもないままに発足した。その苦肉の策が「総力戦机上演習」で、生徒たちに模擬内閣を作らせ、教官側が統帥部や参謀本部の役を演じて研究させた。
 その研究報告は昭和⒗年8月末、首相官邸で閣僚が揃った前で行われた。(どういうわけか辻信政もその場に居た)
 陸相東條英機は閣僚を代表して「机上の空論に過ぎない」と講評したが、そのとき自分が40数日後に当事者になるとは全く予想していなかったらしい。
 近衛が内閣を投げ出した時、企画院(この企画院というのが丸っきり分からない。最近若い学者が「明治憲法は、グウ・チョキ・パー同様にどの組織も主導権をとれない様になっていた」と書いている。東條英機も、東京裁判で自分たちの「謀議」について、明治憲法の欠陥に言及したという。)総裁だった鈴木貫太郎は「次はもう東久邇宮内閣しかない」と考えていたそうだが、木戸幸一が推したのは東條英機だった。「毒をもって毒を制す、だね。」と天皇は応じた。しかし、木戸日記には「万一の場合」皇室が国民の怨嗟の的になることだけは避けねばならないと書いていると『昭和⒗年夏の敗戦』の著者猪瀬直樹は言う。
 「歴史」というストーリーを書くのは(捏造するのは、と言いたいほど)そういう人物だ。
 読みながら、「この少壮(とも言えない卵の)エリートたちはその後どういう生き方をしたのだろう」と思い続けた。ーー教育期間は一年。研究所は三年で閉鎖されている。もう人材養成どころじゃなくなったのだ。ーー自分の関心はは常に人間に向かう。
 インターネットで知り得たことをまとめたのがA4のほうです。意外なほどこぢんまりとした生き方をしている。反米主義者から反戦主義者までで激論を交わした末に、彼らは日本の未来を見てしまった。以後の彼らは「余生」を生きたのだろうな、と感じる。ちょうど幕府の官僚たちが明治維新をそう生きたように。

 わたし自身はその後、三木成夫『胎児の世界』(新書の枠からはみ出した貴重な本)を読み、これから三木の最後の著作『海・呼吸・古代形象』を開く。(それが届くまでは児島襄『平和の失速』シベリア出兵篇を読んでいた。シベリアに諜報組織を作るよう命じられた石光眞光がその意図を訊くと「バイカル以東の鉄道を押さえ、緩衝国家を作る。」と説明を受ける。独露両国を敵に回すのかと考えた石光は「暁まで眠りにつくことが出来なかった。」)が、実際にはさらなる大国アメリカを敵に回すことになった。が、そうしなかった内閣が国内で持ちこたえられたかどうかには大きな「?」がつく。