中沢新一のこと

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フィロソフィア・ヤポニカ、は、やっと3章に入ったところ。
そこで中沢新一は次のように説明している。
田辺元は、矛盾という言葉を知らない人々の物の考え方を「先論理」と呼んでいる。この先論理、を、後のレヴィストロースは「野生の思考」と呼んだ。
列車の中で読み始めて、2回も乗り過ごした理由が分かったでしょう?
読みつつ色んなことを思い出す。しかもそれは陶酔ではなく、むしろ覚醒だ。
そんな読み方をした本ですぐ浮かぶのが、例の板垣正夫だ。−ーーあの人の文章を何ページか読むと、「自分が呼吸をし忘れていたのを思い出し」た。−ーーよし、続きはまた仕切り直し。そんな感じだった。
フィロソフィア・ヤポニカも全然進まない。が、その時間が快い。ただ、若い頃と違って、続きを開いても「何の話だったかな?」と前のところから読み直さねばならぬ。…それも、もうリズムうちに入った気がする。

別件
課外で漢文をやっていると、
君主の交わりは淡きこと水のごとし
が出てきた。
ーーオイ、どんな意味か?
指名された生徒は、しばらく困った顔をしていたが、パッと表情が明るくなって言った。
ーー先生と僕のような関係です。