それは違う

 それは違う

それは違う
私は強欲なのです
数えられるものでは飽きたらず
まるっきりはっきりしない甘美なものを狙っているのです

それは違う
私は逆しまなのです
ダイヤモンドを散りばめた時計をちらつかせている人をせせら笑って
たった一滴の水を探しているのです

それは違う
私はとんまなのです
ほんとうに喉が渇ききったなら
水のにおいを嗅ぎつける能力が備わると本気で思いこんでいるのです

それは違う
私はただ忘れたいのです
最終的に覚えておきたいことなど一つもない
私はどれだけのことを忘れられるかに賭けているのです

いや、それも違う
私は焦っているのです
忘れてゆくにはもはや
時間が足りなくなってきているのではないかと焦りまくっているのです

ぜんぶ忘れないと見つけられないのです
忘れて忘れて忘れきったあとに残るものはなにか
線香花火の最後のチュンを
自分で見たいという衝動をおさえるだけで精一杯なのです

いや、それはぜんぜん違う
忘れようとあせればあせるほど思い出すことが増えつづけて収拾がつかないのです
忘れることは思い出すことだったのかと混乱するばかりなのです

でも私は思いっきり横着なのです
よし、どんな生き方をとるにしてもきっと
その涯にたどりつけないはずはないと高をくくっているのです

思い出すことがなくなってすっからかんになったとき
そこに見えるものはなにか
やっぱり知りたくてしかたないのです

たとえそれがクモの巣にひっかかって干からびた虫のように風化してゆく何かであるにしても
        2011/2/6

別件
 駅に鹿児島の観光案内ポスターが貼られていた。
 「西郷さんは酒豪だったのか、下戸だったのか?」
 両説あるのだそうだが、下戸だったに決まっている。
 じゃ、毛沢東はどっちだったのかな。