高校野球がはじまった

GFsへ   2011/03/23

 高校野球がはじまった。その方がいい。もうニュースを聞きたくない。アナウンサーの声が聞こえてきたら、それだけでこっちの精神状態がおかしくなる。
 新聞やテレビの報道から推測すると、原発が最悪の事態になることはどうやら避けられそうな様子に見える。無論、どうなるのか本当のことはわからないが。
 われわれ素人がもっとも知りたかったことは、原発の中がどういう仕組みになっているかということではなく、チェルノブイリのようなことになる危険性は何%くらいあるのか。もし、そうなるとしたら、それまでに最短でどのくらいの時間か、ということだった。しかし、専門家にそれを質問する者がだれもいない。
 が、少し冷静になってみると、福岡でさえスーパーの乾電池も懐中電灯も売り切れという状態になる社会では、上のような情報を流すと、とてつもないパニックが起きたかもしれない。難しいな。
 及川と電話で話していたとき、「東北の人間はけっこう楽天的で、エッチでもある」という。そういえばそうだった、と思い出したことがある。
 学生時代のなかば頃だったから40年以上まえか。一夏、飯場みたいなところに寝泊まりして、東北から来た季節労働者と一緒に働いたことがある。季節労働者はふたグループあって、お互いに「あいつらの言葉はきたねぇ」と言い合っていたが、こちらには同じにしか聞こえなかった。
 働いたところは、安宅産業という新日鐵の下請けみたいなことをしている会社で、その後倒産した。自分たちの仕事は鉄骨にペンキを塗る仕事だったが、「これは、ベトナム仮設住宅用に輸出されるもんだから適当でいいんだ」と大人たちは言う。
 そのグループのリーダーは、「戦争のとき、この男が班長か、小隊長だったら、生き延びられる確率が高そうだ」と感じる人で、指示に従うのが面白かった。「働くことが大事なんじゃない。働いているように見せることが大事なんだ」
 彼らは働きながらいろいろ喋る。・・・そういえば、彼らは「話す」という意味で「しゃべる」と使っていた。
──ああ、手がこんなになっちゃった。もう、あそこに触らせちゃくれめぇな。
──出かける前にちゃんと仕込んできたからな。正月に帰ったときには会えるべぇ。こんどは男かな、女かな。
──出かける前にも一度やろうとしたら、ダメちゅうんだ。こんど金をどっさり持って帰ったら幾らでもさせてやるだと。 
 そんな会話の途中でリーダーが「働け!」と声をかけると、みな一斉に立ち上がった。
 「よく働いてるときに、そんな話ができるな?」 
 と訊くと、
──こんなことでも喋ってなきゃ、働いていられねぇべ。
 みんな家が恋しかったのだ。いや、母ちゃんが恋しかったのだと思う。
 2〜3時間の夜業を終えて、(夜業の前に食ううどんがやたらと旨かった)夜道をぶらぶら歩いて帰る間、また、どうでもいいような事が話題になる。それが楽しかった。キンモクセイの匂いが甘かったのと、栗の匂いが鼻についたのとを覚えているんだが、どちらも秋の花なのかな。それとも記憶がまぜこぜになっているのかな。
 書いているうちに思い出した。同部屋の学生は、たまたま同じ明大のボクシング部だった。全然強くはないと言う。だったらどうして続けているんだ? と訊くと、しばらく黙ってから、「減量をしてる間がいいんだ」と答える。そんなストイックさとは正反対に見える男だった。いま思い出せば、あの男の言いたかったことは、むしろセクシャルな意味ではなかったかという気がする。ただし彼は九州は水俣の出身だった。
──ものすごく美しい海なんだ。 

別件
 津軽書房刊『まるめろ』という「方言詩集」を持っている。大好きな詩集で、宝物にしている。詩もいいが、作者自身が読んでいるソノシートがついていて、それがまたいい。
 いつか聞かせようと思っているうちに、レコードプレーヤーがボツになった。もし、職場(もと職場のレコードプレーヤーもいつのまにか役立たずになっていた)かどこかで聞けるなら、オファーがあり次第、送ります。