庶子としての自衛隊

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 新聞のアンケートによると、大半の人びとは、現総理大臣には何らかの区切り目までは仕事をさせたいと考えているらしい。見出しには「国民の厳しい目」とあるが、まるっきり厳しくない。あるいは、「だれがなっても一緒だ」ということかも知れないし、あるいはもともと「強い指揮者」を望んでいないのかもしれない。ひょっとしたらこの国の人びとはいまでも、行政機構に対する信頼をつゆほどにも失っていないのだろうか。

 小泉信三の『海軍主計大尉小泉信吉』(もし題名を覚え違いしていたらゴメンナサイ)を読んだかなぁ。われわれの学生時代に世に出た記憶がある。海
 海軍に憧れていた信吉が職業軍人となり、南方で戦死する。その子がこの世に生きていた証明書を遺そうとした父親の本として読んだ。それを世に出すことは小泉信三にとっての義務だったと思う。
 かれが出征するとき、父親は「君のような子をもったことに満足してる。」という意味の手紙を渡す。それを車のなかで読んだ子は「素敵だなあ」とつぶやく。
 だから、小泉信三はダメだったんだ、という意見も当然あるだろう。が、先住民の息子は心を震わせながら読んだ。時代のなかに囚われていた人が自分の先祖だ。そうじゃなかった人は信じられない。(これって、三好十郎のことばそのままだ)横浜の和菓子屋とも、そういう人たちの一人としてつき合っている。
 もう名前を忘れたが、戦後に活躍した建築家がいる。名前を言ったら首都圏の人間ならたいてい知っている大きな建物を設計した事務所の長でもある。海軍の生き残りだった彼は、敗戦後、大学に行き直して建築士になり、大きな仕事を残した。それを「お返し」と表現する。「軍人だったとき、人びとは、私たちに特権を認めてくれていましたから。」直接報いることは出来ずに終わったその温情に対しての「お返し」と思って仕事をしたという。
 軍人という存在はもうわれわれにはピンとこないけど、軍人の世界も他の世界同様に中身はまだら模様で、どこにもホンモノとニセモノがいることに違いはない。そのホンモノがその世界を支えている。(わっちはニセモノの教師でやんした)軍人の世界にも本当に優れたひとがたくさんいたに違いないし、「お国に命を捧げよう」とする軍人を人びとが特別扱いしたのは当然のことだと思う。ただ、いまの日本には、そういう存在がない。今回の被災地や原発への救援活動にしても、自衛隊はまるで奴隷扱いを受けているように感じるのはオレの「偏見」なのだろうか。現場で働いている400人ほどという人たちに対してもそうだ。この国はずっと、現場にすべての責任を負わせてきた。現場の人びとだけが当事者だった。明治の日本に郷愁を覚えるのは、まだちっぽけな国だったから、政府の高官や高級軍人や官僚たちが当事者そのものだったことによる。
 もう学生持代のことになるが、朝日新聞が、「平和憲法護持の範囲で自衛隊を合憲化しよう」と社説を掲げたとき、なにか感慨深いものがあったという話を以前した。しかしそこには無理がありすぎる。今でも自衛隊庶子扱い、海外派遣をされる自衛隊員が各自で生命保険に入るなぞ、命令する側はあまりにも無責任だ。いや、庶子扱いのままのほうが国益にかなうんだ、という考え方もあるだろうけど。
 しかし、自衛隊が軍隊になったら日本はまた戦争にまきこまれるという発想と、千年以上まえの今さら計測不可能な津波に言及する者は大津波を期待しているのか、という発想とは、同じパタンなんだというのは「独断」なのかな。
 自動車があるから自動車事故が起こるということと、自動車事故を減らそうということとは、ぜんぜん別のことなのだ。(ただし、原発事故を起こすわけにはいかない。事故を完全に予防し、解体を完了するまでの費用を計算したうえで、他の発電手段との経済性の比較をしないままに建設を推進してきた、これまでの行政は誤りだ。)
 戦争をする覚悟のない国には戦争を防ぐ能力はない、というのは逆説だ。逆説だが、いまの日本にあるのは屈服する能力だけだ、というのは逆説ではなく正論だ。
 もし、社会を維持するにはノーブレス・オブリージが必要なら、(オレは必要だと考えるが)まず、軍人という特権階級を社会が認知するところから始めてはどうか。
 フォークランド紛争で戦死者が出たとき、サッチャーは空港か港湾まで出迎えに行った。カンボジアでの最初の選挙の時、「ボランティア」として選挙監視に参加していた警官が死亡したとき、日本の高官が出迎えに行ったという話を聞かない。そのことにむちゃくちゃに腹がたった。
 自分のことだけではなく部下に、「命を投げ出すことになるかもしれないミッション」を命じても部下が従う人間たちを育てることから、この社会はやり直したほうがいい、と先住民の息子は考えている。本当のエリートとはそういうのもではなかろうか。すでに自衛隊には、そういう人材自体はが育ちつつあるように見えるのだが。
 ただし、その人材とは、いまの総理大臣のような男が「命を投げ出させろ」と命じたら、それを断固拒否するような人材として期待しているのだが。

別件
 1,庭の十月桜は葉桜になった。秋までたくさん葉を繁らせて栄養  をたっぷり取りなさい。
 2,Fのメールに、水鶏の鳴き声のことがあったが、まだ聞いたこ  とがない。散歩のとき、芦の茂みから「ケケケケロケロケロ」と  いう鳴き声が聞こえてきた。ひょっとしたらあれがそうなのだろ  うか。