現実とファンタジーの区別がなくなった社会

GFsへ   2011/06/13

 昨日だったか、一昨日だったかの新聞に、スペインで何かに参加している村上ハルキが、「被爆国である日本は、原発を拒否すべきだった」と発言したという小さな記事が載っていた。カッコイイですねぇ。・・・がっかりした。・・・原発を拒否すべきだったということは、原油の輸入量を今の倍にすべきだったということなのかな? それとも娯楽小説を世界で1000万冊印刷製本するような産業を育てるべきではなかったということかな? 具体的に考えましょう。現実のものごととファンタジーを混同してはいけない。原発拒否の理由が「被爆国だから」というのでは短絡もいいところ。先住民の息子も真っ青。
 もう何年か前、紅白歌合戦で『精霊流し』の歌手がイラクへの自衛隊派遣をくそみそに批判する歌をうたった。理由は、「戦争をしたがっている者たち」がそれを決めたからだという。以後、かれの顔が出てきたらチャンネルを替える。・・・「イラクの人びとがどうなろうと俺たちの知ったことじゃない。放たっておけ。石油くらい札びらを切りさえすれば幾らでも手に入る」というのなら、それはそれで立派な見解だ。さらなる昔、カンボジアの内戦がひどくなったとき、タイは国境に軍隊を派兵して難民の流入を拒否し、自国の治安を守ることを優先した。人道問題がどうのという意見もあったろうが、自国を守る責任ある決断だったと思う。が、「自衛隊派遣→派兵→戦争」という短絡思考では自国の平和を守ることはできない。
 そのときはまだ教員だったので生徒には、「心配するな。本当に日本が戦争しそうになったらオレたちが国会議事堂におしかけて、その計画をぶっつぶしてやるから」と言った。生徒たちは笑い転げていた。しかし、こっちは本気だった。あの人が本気だったとはまったく思わない。
 福島原発水素爆発の直後、高村薫(名前に自信がない。たしか『マークスの山』を書いた人だ。無津呂先生が「いい」というから開いてみたが、漢字だらけだったので閉じた)にNHKがインタビューしていた。
 「この国には、原発賛成か反対かの不毛な論争だけがあり、両者の意見がまったくかみ合わないままに行政が原発を進めてきた。いま、その安全性への投資を計算し直して、ほんとうに原発が他の発電より安上がりなのかどうかを比較することから議論をやり直してはどうか」というのが彼女の意見だった。まったくその通りだ。(核燃料の最終処理費用まで含めたら原発のほうが太陽光発電より高くつくかもしれない。)割りに合わないものに手を出したことは間違いだった。国策として(科学技術や産業技術が他国に後れないために)行なうのなら、最低限の数にしておけば済んだ。
ただし、たとえ高くついても最低限の原発は残すなり新しく作るなりしたほうがいい。最悪なのはこの国をモノカルチャー的にしてしまうことだ。世の中も自然もこの先どう変わるかわからない。いつも、あらゆる可能性に備え、できるだけたくさんの選択肢を用意しておかなくては。・・・ドイツが原発全廃を決めたのがでっかく報道されているが、メッケル(だったかな?)は「エネルギーより人間」を選んだわけではない。そうしなきゃ今度の選挙には負けると計算したなと見えた。ドイツ人がなぜ原発やその他の環境問題に過敏なのかは知らない。すぐクリーンさを欲しがるあの国を見ていると、時々きもち悪くなる。
 わが母親はいまでも、何か言われるたびにすぐ、「なし?」と聞きかえす。その理由に納得がいかないかぎり動こうとしない。それが自分の育った場所の文化だった。「なし?」「なしね?」「なしか?」そこからしか会話が始まらなかった。会話とはそういうもんだと思っていた。 が、この社会にはいまだに理由なしの意見だけがある。
 これも2〜3日以内の話で、テレビに「ファンキー・モンキー・ベイビー」というグループが出てきて、「ヒーロー」という歌をうたいはじめた。お父さんたちへの応援歌なのだという。下に出てくる歌詞を読んでいて、「おまえら、世のお父さんたちをからかいよるのか?」と思った。が、たぶん、かれらは大まじめで応援しているつもりなのだ。この社会のいちばんの欠陥はそこにある。虚構と現実の区別がなくなっている。
 ただし、上に言った「この社会」は、日本だけを指しているつもりはない。

別件
 陸上競技の日本選手権を見ていて、もっとも美しい日本人を忘れていたのを思い出した。短距離の福島千里だ。
 彼女の場合は、美しい、などという言葉ではまったく足りない。なにか、神々しさのようなものをその全身から感じる。あれは走る人間国宝だ。・・・オレだけなのかなぁ、そんなことを考えるのは? 次はテグ大会を楽しみにしておこう。
 別件のついで、
 「お嫁さんにしたい人」第一号の卓球選手キム・キョンアをこの前のドイツ大会で見かけなかったので、もう引退したのかと思っていたら違っていた。準々決勝で中国に負けてしまったのだそうだ。ということは、来年のロンドン・オリンピックで頑張ってくれたら、また見ることができる。