児玉桃ピアノ・ファンタジー1

2011/09/18

GFsへ

 のっけから何だけど、いい旅だった。
 もう10何年前になるのか、ヨーロッパ旅行をするときは、なんだか一か八かの命がけのような気分があった。10数年間放電しっぱなしだったので、まだ自分と対話することができるのかどうか。「もし、自分と対話できないのならそれまでだ。」
 今回は、たぶんあのとき以来のひとり旅。しかし、新幹線のなかで読みかけだった『呪の思想』を読み終わったとき、「いい旅になる」という予感めいたものが湧いてきて、その通りになった。
 梅原猛白川静の対談は次第に高まっていき、いよいよ人間臭くなってゆく。その間のことは、いずれ改めて報告するが、是非ふたりにも読んでほしい。(もともとsに教えてもらった本なのです。)
 泉屋(せんおく)博古館の青銅器は、たぶんオレに、模様などを見る感性が欠けているのだろう、刻まれている文字にばかり関心が向かった。気になることもある。鐘のコレクションがあって、ボタンを押したらその音が鳴り出すサービスがあったのだが、その音階はオレの耳には西洋音階にしか聞こえなかった。実際がそうなのだとすると、(鐘を叩いた人が西洋音楽畑の人だとすると、自分のなかにある音階にしてしまった可能性もある)中国の音階がもとになっているという邦楽は実は独自の音階だということになる。自分には、その可能性の方が高いように思われた。そういうことを学問的に研究している人間はいないのだろうか。
 泉屋博古館からフェルメール展へ。
 絶滅危惧種が大興奮して、「ぜひ行ってこい」と言っても、一期一会にしときたくて気が進まなかったのだが、行ってよかった。修復されて画面が明るくなっているのもよかった。「画面のなかで光がゆらいでいる」福岡伸一の表現のなんと的確なことか。それは人智が成し遂げた奇蹟のようにさえも思われる。「ね。良かったろうが。」
 突然元気が出て、広隆寺に行くことにする。一息入れた喫茶店で行き方を訊くと、「さあ、どうしましょう?」ご主人が地図を取り出してきた。そして、従業員か娘さんかと相談して、「地下鉄でいくのが一番便利です。」「地下鉄が出来ているんですか!?」学生時代、福岡への帰りに寄り道していたころ以来だから、もう40年あまり経っている。
 「この人が好きだったんだ。」
 好きで、好きで、路面電車に乗って、なんどもなんども足を運んだ。ひょっとしたら、行かなくなったのは、大失恋の経験してからなのかもしれない。なんとなくそんな気がする。それほど、広隆寺弥勒菩薩は自分にとって「仏像」ではなかった。今回、裸体の上半身を見るのがなにか痛々しくて、長時間はいられなかった。「明日は三十三間堂に行こう」。いつも気になりながら名前を覚えられなかった摩和羅女像のほうが、今の自分には必要に思われた。
 宿は蛤御門の対面にある。翌朝は御苑を散歩した、一般公開されている九条家の茶室「拾翠邸」は立ち寄ってよかった。まだにぃにぃゼミが鳴いているほどの蒸し暑さだったのが残念で、も一度いい季節に行ってみたい。
 摩和羅女像の美しさは、どう表現したらいいのだろう。たぶん、世界中でまだだれも気がつかなかった普通の女性の美しさがそこにはある。そのままに今もある。自分が90になり、100になり、この世から消えても、彼女はこの世にありつづける。彼女はわれわれの記憶なのだ。
 建仁寺の双龍図については、Gが「行きたい」と言ってきたので、わざと書かない。絶滅危惧種は「見方によっては漫画みたいやけど良かった」と報告した。が、『風神雷神図』も、見方によっては漫画だ。「建仁寺はね、聖福寺そっくりやったよ。」あの人にはそういうカンがよく働く。8月の旅行のとき、「もうたまらん」と思って店に飛びこみ注文したかき氷が1300円だったというのも、いかにもあの人らしいが。
 時間が足りなくなってタクシィに乗り、今回のメーン・テーマである児玉桃の演奏会会場に急ぐ。外はとつぜんの土砂降り。「台風の影響でしょうか。奈良のほうは大丈夫ですやろか。」わかい運転手さんはお喋りだった。
 会場は、たぶん千人とは入らない小ぶりのホール。まだ席が空いていたので、どこに
坐るか迷ったすえ、いつも通り、いわゆる天井桟敷にする。そこにしておいて良かった。
 『カイロス』。「3,11 突然未来を断たれた子どもたちへの哀歌」という副題をもつピアノ曲は、この半年間、テレビや新聞で聞いたり読んだりしたどの人のことばよりも、何の抵抗もなく自分のなかに入ってきた。入ってきたとたんに涙が飛び出してきた。時枝先生が大塚先生への弔辞をよみはじめたときと一緒だった。作曲者権代敦彦の名も覚えておこう。初演だったのか、本人が会場にきていたが、まだ30ほどに見える若者だった。
 演奏曲目はそのほかに、シューマンドビュッシーショパンフォーレ。様々な曲があったのだが、その全体に祈りが満ちていた。音楽会で、なにか去りがたいものを覚えたのはいつ以来なんだろう。
 児玉桃はその演奏だけでなく、「額田王とはこういうふうな人だったのかもしれない」と感じた。要するに岡惚れした。そのうち、彼女の「インヴェンションとシンフォニア」を買おう。そして、お師匠さんのタチアナ・ニコライエワと聞きくらべてみよう。たぶん、お師匠さんよりまろやかで、やわらかくて、なかに入りやすい演奏なのではないかという気がする。
 帰りの新幹線では、シンボルスカを一気読みした。そうとうに興奮していたのだろう。

別件
 明日は、グループ・ホームの家族会。ひさしぶりにいろんな人に会える。なんとなく「戦友」ぽい人たちだ。お土産に買ってきたナマ八つ橋をぶらさげて出かけよう。