二十世紀の俳句(一)

私家版 二十世紀の俳句(一) 2014/03/06


用のなき雪のたヾ降る余寒(よかん)かな   


新米や塩打つて焼く魚の味       井上井月

埋火や何を願ひの独りごと
             一八二二?〜一八八七?

病床やおもちゃ併べて冬籠り      正岡子規

                 一八六七〜一九〇二


かすみ草やさしき嘘に人畢る       赤松螵子


独房に釦(ぼたん)おとして秋終る     秋元不死男


蛇女みごもる雨や合歓の花        芥川龍之介


春愁や癒えて着られぬ服ばかり       朝倉和枝


啄木忌いくたび職を替へても貧      安住 敦


口重き男いきなり鶴のこと        蟻塚尚孝


乳母車押す気まぐれや木の芽時      安藤赤舟


非常門あくうれしさや酉の市        安藤林虫


童話書きたし送電線に雪降る日      飯島晴子


たましひのたとへば秋の螢かな      飯田蛇笏


春の鳶寄りわかれては高みつつ      飯田龍太

鴇色の空より湧いて虎落笛(もがりぶえ)  飯田龍太 

今川焼きあたたかし乳房は二つ      飯田龍太


思ひ沈む父や端居のいつまでも     石島雉子郎


二の酉やいよいよ枯るる雑司ヶ谷     石田波郷

英霊車去りたる街に懐手         石田波郷

雁(かりがね)やのこるものみな美しき 石田波郷


酔へど妻子に明日送る金離すまじ    石橋辰之助

 カラカンダ臨時法廷にて二五年重営倉の判決を受く
葱は佳しちちははは愁ふことなかれ    石原吉郎


打ちみだれ片乳白き砧かな        泉 鏡花

 シベリア抑留中
亡き母の齢となりぬあかぎれて      板間訓一
          

来年のことは知らねど日記買ふ     今井つる女 


蜩や玉音聴きし世紀果つ        今中榮三郎


 夫に癌を告知せず
紅梅よ吾れの運命を夫知らず       上野章子


葱の列国原は雨はげしかり       宇田喜代子 


階前梧葉已秋声             梅崎春生


梅雨ふかし戦没の子や恋もせで      及川 貞

あるときはもの思ふまじと麦を踏む    及川 貞  

夜涼かなこんな時亦独りも可      及川 貞


?の屍の鳴きつくしたる軽さかな     大倉郁子


未来ひとつひとつに餅焼け膨れけり    大野林火


霧深き夜なりと日記書き出しぬ     大場美夜子


さびしさを支へて釣りし蚊帳の月     岡崎えん


妻子なき芭蕉を思ふ冬ごもり       岡本松浜


人はみなうしろ姿の枯木立        岡本 眸


更衣母子で暮らす日が減りゆく      岡本差知子


咳をしてもひとり 尾崎放哉


初空へ今年を生きる伸びをして      小沢昭一


誰がために生くる月日ぞ鉦叩(かねたたき) 桂 信子


雉子の眸のかうかうとして売られけり   加藤楸邨


水中花妊りしこといつ告げん       加藤三七子


ゆっくりと烏丸通り牡丹雪        角川照子 
   

蘆枯れて瞽女道(ごぜみち)となる国境   角川春樹


葉桜やすヾろに過ぐる夜の靴      金尾梅の門


春の月征きて一軒家空きぬ        藭尾彩史


春落葉えたいの知れぬものも掃く     鍵和田?子 


蚯蚓(みみず)鳴く六波羅蜜寺しんのやみ  川端茅舎


雪を待つ。駅でだれかを待つように、   岸原さや


遠き日の日本の空に凧一つ        北側松太


樹には樹の哀しみのあり虎落笛      木下夕爾


風逝くや刈りのこされた田の並木   九


 シベリア抑留中
母逝くと吾子のつたなき返しぶみ     草野貞吾

 
売れ残る魚少(いさざ)凍ててしまひけり 草間時彦


貧しさに馴れて金魚飼ひにけり     久保田暮雨

ほとゝぎす根岸の里の俥宿       久保田万太郎

べんたうのうどの煮つけの薄暑かな   久保田万太郎


畠のものみな丈低し十三夜        小島花枝


熟しきって廃村の柿冬を耐ふ       五條元滋 

日めくりをめくり残して落葉焚き     五條元滋

濡れそぼる山鳥の胸瞬間(とき)を待つ 五條元滋


この年を遊び尽くして曼珠沙華      黒田杏子

 トラック島撤退
水脈(みお)の果炎天の墓碑を置きて去る  西東三鬼


みちのくは底知れぬ国大熊(おやじ)生く  佐藤鬼房

 檀一雄
詩に痩せて人涼しげに見ゆるかな     佐藤春夫 


能登恋し雪ふる音のあすなろう      沢木欽一


豆腐屋のつばめ八百屋のつばめ来る 椹木(さわらぎ)啓子


分け入っても分け入っても青い山     山頭火


戸をたゝく人も寝声や新酒買       志太野坡


朝顔や濁り初めたる市の空        杉田久女


花冷や箪笥の底の男帯          鈴木眞砂女


母の死後わが死後も夏娼婦立つ      鈴木六林男


女房のゆばりの音や秋深し        関口良雄


とろろ汁夫を死なせしまひけり      関戸靖子


春の闇自宅へ帰るための酒        瀬戸正洋

ちるさくら海あをければ海へちる     高尾窓秋
 
須賀平吉君を弔ふ
生涯にまはり燈籠の句一つ        高野素十
                   

抒情涸れしかと春水に翳うつす     高橋鏡太郎


友の訃に酒酌む夜の迎春花        高橋 治


万の翅見えて来るなり虫の闇      高野ムツオ


浴衣着て少女の胸の高からず       高浜虚子

    
卯の花に酔はねば花も暮れかぬる 檀一雄

国破れ妻死んで我庭の螢かな 檀一雄

 紀州
子捨てんと思へど海の青さかな      檀一雄
 サンタ・クルスにて
落日を拾ひに行かん海の果        檀一雄
 絶筆
ガリ笛いく夜もがらせ花ニ逢はん 檀一雄


講堂は真昼の昏さ卒業式         津田清子


寒牡丹別の日暮が来てをりぬ       手塚美佐


祈りにも似し静けさや毛糸編む      戸川稲村


カンナ崩れまた燃えつきて原爆忌     徳田惑堂


来世またをみなと生まれむ雛納め     殿村菟絲子

烈風のコブシの白を旗印 殿村菟絲子


秋風の背戸から//と昼餉(ひるげ)かな  富田木歩


美しく生まれ拙く囀るよ         富安風生

何もかも知ってをるなり竈(かまど)猫   富安風生

一葉に十三夜あり後の月         富安風生

こときれてなほ邯鄲のうすみどり 富安風生 

満月を生みし湖山の息づかひ       富安風生 

藻の花やわが生き方をわが生きて     富安風生 

落葉ふみ誰にもわかる句を詠まな     富安風生 


一盞能払万古愁いっさんよくはらふばんこのうれひ永井荷風


時間まだ夫婦にのこる花明かり     ながさく清江


身ごもりて冬木ことごとく眩し      中島秀子 


花篝(かがり)火篝湖北まだ暮れず     中村苑子

置き所なくて風船持ち歩く        中村苑子

人待つにあらず夕虹消ゆるまで      中村苑子


勇気こそ地の塩なれや雪真白       中村草田男

子を抱くや林檎と乳房相抗(あひさか)ふ 中村草田男


あはれ子の夜寒の床の引けば寄る     中村汀女


 倫敦にて子規の訃を聞きて
手向くべき線香もなくて暮れの秋     夏目漱石


おほぜいのそれぞれひとり法師?     成田千空


熱燗の夫にも捨てし夢あらむ       西村和子

ひととせはかりそめならず藍浴衣      同


またもとの花野に還り廃坑区       西村蓬頭


寒夜聴く主題はいまだ現はれず      野見山朱鳥


欲しきもの買ひては淋しき十二月     野見山ひふみ


一ところくらきをくヾる踊の輪      橋本多佳子


ハンカチ洗ふ日中の夫を知らず      橋本美代子


 応召
馬ゆかず雪はおもてをたたくなり     長谷川素逝


秋風や模様のちがふ皿ふたつ       原 石鼎


燕とぶ日よ宿題を児に課さず       樋笠 文


朝顔やおもひを遂げしごとしぼむ     日野草城


たんぽぽの種子ゆくりなく上昇す     平出種作 


ちちははも神田の生れ神輿舁く      深見しんご


齢急くともさくら餅ひとつずつ      古沢大穂


をととひもきのふも壬生の花曇      古舘曹人


そら豆はまこと青き味したり       細身綾子


春星(しゆんせい)や女性(によしやう)浅間は夜も寝ず         前田普羅


明滅の滅を力に螢とぶ          正木浩一

海に降る雪を思へり眠るため       正木浩一


蕗(ふき)の薹(たう)みぢんに刻み今日より妻 松本澄江


初夢は死ぬなと泣きしところまで     真鍋呉夫

寒月光われより若き父ふりむく      真鍋呉夫 


どこからが恋どこまでが冬の空      黛まどか 


日は沈むすでに冷えたる雉の胸      丸山豊


葛飾や桃の籬(まがき)も水田べり    水原秋桜子

白露や死んでゆく日も帯しめて      三橋鷹女


でで虫のえりうつくしき初時雨      三好達治


春寒やぶつかり歩く盲犬         村上鬼城


美しき生ひ立ちを子に雪降れ降れ    村上喜代子


ゆきふるといひしばかりの人しづか    室生犀星


秋はまづ街の空地の猫じゃらし      森 澄雄


春愁や絵よりパレット美しき       八染藍子


炎天の遠き帆やわがこころの帆      山口誓子


老妻のひゝなをさめもひとりにて 山口青邨


いつか死ぬ話を母と雛の前        山田みずえ

 シベリア抑留中死去
日の恩や真直ぐに玻璃の雪雫(しずく)   山本幡男


羅(うすもの)着て厨子のくらきにひそみたし 横山房子


初暦知らぬ月日の美しく         吉屋信子


菊づくり菊見盛りは陰の人        吉川英治


ざくろ美しと見て近づかず       吉野義子


親しきは酔うての後のそば雑炊      吉村 昭


ふりむかぬ人の背幅や雪もよひ     鷲谷七菜子


夢殿やげに天平の天高し         渡辺恭子


年の夜やもの枯れやまぬ風の音      渡辺水巴


合せ鏡するすべもなく春暮れぬ      渡辺つゆ


雪はげし告げ得ぬ言葉犇(ひし)めきて  渡辺千枝子