佐々木常夫

今月の詩
                     2015年1月

 冬休み、たまたまつけたテレビに、ティエリー・マルクスという「日本文化への造詣(ぞうけい)が深い」というフランスのカリスマ・シェフが出ていた。
 「ホントかな?」と見始めたらそのシェフが次のように言う。
 「日本のにぎり寿司は見た目はナマなんだけど、食べたらナマとは違う食感がする」──コイツは出来る!!──
 にぎり寿司は新鮮なほうが美味しいと思っている人は別にそれでいいんだけど、実は美味いと評判の店の職人たちは、魚ごとにそれを客に出すタイミングを計っている。モノによってはわざわざ前の晩に下処理をして一晩寝かせてから客に出す。その魚ごとのタイミングを手や体に叩きこむのが「修行」なのだ。
 マルクスさんは40年前から柔道をやっているという。
 「柔道から教えられたのは礼節だけではない。相手との間合いや関係を理解しないかぎり強くはなれない。
 料理も同じなんだ。味と味の関係だけじゃない。料理人と素材との関係。素材と素材の関係。味と食感の関係。食感と温度との関係。味と見た目との関係。それらを理解できるようにならないとホントの料理人にはなれない。」
──スゲェ。この人は日本文化の神髄をついている。

 日本文化の隠れたキーワードはその「関係」なのです。日本人は個々の個性を重視する他の分化と違って、関係から醸成されるハーモニーや緊密な関係を大切にする。もちろん昔の日本には「関係」という言葉はなかったけど、その代わりに仏教のキーワードである「縁(えん)」という概念を活用した。 

 マルクスさんは若い頃、どんな生き方をすればいいのか分からなくて「自分探し」のためにパラシュート部隊に入ったりした。(日本と違って外国の場合、軍隊に入るということは命を危険に曝(さら)すことなのです。)
 そののち料理人の修行を始め、ミシュランの三つ星の店で働き始めたとき、当時のカリスマシェフに見出された。
 「人生は同心円を描いている。だから、誰だってやり直しはきく。一度逃がしてもまたきっとチャンスは巡ってくる。」
 彼は自分の経験から「やり直したい」と思う若者を受け入れて、ただで料理の特訓講座を開いている。なにしろフランスの若者の失業率は40%に達しているというんだから、そんな社会が毀(こわ)れずにいる理由を知りたいくらいだ。
 「手に職をつけたら自由に生きられるんだよ。」
 その「職」はたぶんフランス語の″art(アール)″の訳だ。フランス語の″art″は英語の″art″よりはるかに意味の幅が広いのです。その点では職人の社会的地位が高い日本に似ている。
 例によって横道に逸れるが、イギリスでもっとも上質の絵は水彩画だと思う。その点ではイギリスと日本は似ている。なのにその世界的に上質だった水彩画を油絵より芸術性の低いものと見なす風潮がまだ続いているのが悲しい。(水彩画より油彩画。三味線よりヴァイオリン。etc.)でも、スティーブ・ジョブス(だったかな?)は日本の20世紀の水彩画に魅了されていたという。

 「幸運は準備を整えた者にしか来ないぞ。基礎を徹底的に身につけなければ次のステップには進めない。」
 マルクスさんの特訓講座の指導はめちゃくちゃに厳しく、当然のように脱落者も出る。
 そして講座の卒業カードには次のように書かれている。
 「基礎を身につけた君たちはいま自由の扉の前に立っている。あとは自分でその扉を開きなさい。」

 番組の最後に「いつまで料理人を続けますか?」と訊ねられたマルクスさんは即座に答えた。
「死ぬまでさ。私にとって料理は仕事じゃない。人生そのものなんだ。」

 今月は詩ではなく、東レを建て直して世界的な企業とすることに貢献した人物がリタイアに際して書いた本を紹介します。
今日は目次だけ。四月になったらきっと実物が図書室に入ることと思います。



   働く君に贈る25の言葉 目次   佐々木常夫

第一章 自分を磨くために働く
 1,強くなければ仕事はできない。
   優しくなければ幸せにはなれない。
 2,「目の前の仕事」に真剣になりなさい。
   きっと、見えてくるものがある。
 3,欲をもちなさい。
   欲が磨かれて志になる。
 4,「それでもなお」という言葉が、君を磨き上げてくれる。
 5,君は人生の主人公だ。
   何ものにもその座を譲ってはならない。
第二章 成長角度を最大化する
 6,3年でものごとが見えてくる、
   30歳で立つ、
   35歳で勝負は決まり。
 7,プアなイノベーションより、優れたイミテーションを。
 8,仕事で大切なことは、すべて幼い時に学んでいる。
 9,よい習慣は、才能を超える。
第三章 仕事の要(かなめ)を知る
 10,すぐに走り出してはいけない。
   まず、考えなさい。
 11,「思いこみ」は、君を間違った場所に連れていく。
 12,事の軽重(けいちょう)を知る。
   それが、タイムマネジメントの本質だ。
 13、書くと覚える、
   覚えると使う、
   使うと身につく。
 14,言葉に魂を吹き込むのは、君の生き方だ。
 15,本物の重量感を知りなさい。
 16,せっかく失敗したんだ、
   生かさなきゃ損だよ。
 17,自立した人間になりなさい。
第四章 どこまでも真摯であれ
 18,上司の強みを知って、それを生かしなさい。
 19,リーダーとは、周りの人を元気にする人。
 20,信頼こそ最大の援軍。
 21,君の幸せのために、弱い人を助けなさい。
 22,自分を偽らず、素のままに生きなさい。
 23,逆風の場こそ、君を鍛えてくれる。
第五章 とことん自分を大切にしなさい
 24,運命を引き受けなさい。
   それが、生きるということです。
 25,人を愛しなさい。
   それが、自分を大切にすることです。

※冬休みにこれを入力したあと、フランスで自動小銃によるテロ事件が起きた。
 フランス政府は9万人以上の武装要員によって警戒態勢を敷いたという。
 一度起きた罅(ひび)割れは容易に修復されることはないだろう。むしろ 周辺国は、そのひび割れが自分たちのところまで広がるのを怖れていると思 う。
  ただ、国であれ、社会であれ、組織であれ、ひとつの状況を一色だと思い こむと現実は見えなくなる。全体主義と呼ばれた体制の内部を含め、どんな 現実でも、内側に入ればまだら模様なのです。半端に勉強した人ほど物事が 見えなくなりがちな原因はそこにある。
 もし本当に一色だけの状況があるとするなら、それは早晩私たちの視界から消えてしまうはずです。