続・20世紀の俳句〈女性編〉

続・二十世紀の俳句 索引 女性編

                   
かすみ草やさしき嘘に人畢る       赤松螵子

春愁や癒えて着られぬ服ばかり      朝倉和枝

九十の端(はした)を忘れ春を待つ   阿部みどり女

短夜や乳ぜり啼く児を須可捨焉乎(すてちまおか)  竹下しづの女

童話書きたし送電線に雪降る日     飯島晴子
やっと死ぬ父よ晩夏の梅林       飯島晴子
初夢のなかをどんなに走ったやら  飯島晴子
昼顔は誰も来ないでほしく咲く  飯島晴子

花なずな胸のぼたんをひとつはずす   池田澄子

さくらさくらわが不知火はひかり凪  石牟礼道子

草の実踏み人への情を名づけ難し   和泉香津子

曼珠沙華真赤な嘘でかたまれり     伊藤敬子

セーターの白はだれにも似合ふ色    稲畑汀子

来年のことは知らねど日記買ふ    今井つる女 

 夫に癌を告知せず
紅梅よ吾れの運命を夫知らず      上野章子

葱の列国原は雨はげしかり      宇田喜代子 
晩年とはいかなる嘘や石の上     宇田喜代子
旅終えてまた梟と近く寝る      宇田喜代子

梅雨ふかし戦没の子や恋もせで     及川 貞
あるときはもの思ふまじと麦を踏む   及川 貞
夜涼かなこんな時亦独りも可      及川 貞

単帯水のごと展べ形見わけ       大石悦子

花こぶし逢はねば忘る合言葉     大木あまり

蟬の屍の鳴きつくしたる軽さかな    大倉郁子

わが夜長母の夜長と別にあり      大箸敬子
春雷や旅の褥に男の香         大箸敬子
襷かけしいままのまろび寝母の秋  大箸敬子
人おのおの負へる齢や冬ざるる  大箸敬子
団扇さえ軽さを欲りて母老いぬ  大箸敬子

あじさいの心屈してながめいる     大原富枝

霧深き夜なりと日記書き出しぬ    大場美夜子

  妹結婚
さびしさを支へて釣りし蚊帳の月    岡崎えん

人はみなうしろ姿の枯木立       岡本 眸

更衣母子で暮らす日が減りゆく    岡本差知子

いつまでもどこまで行っても雪の声   岡本尚子

金木犀部屋をかへて読む放浪記    鍵和田釉子
春落葉えたいの知れぬものも掃く   鍵和田釉子

誰がために生くる月日ぞ鉦叩(かねたたき)桂 信子
ひところのわれをかへりみ啄木忌    桂 信子
散るさくら孤独はいまにはじまらず  桂 信子
夜よりも昼のはかなき梅雨の寡婦  桂 信子
かりがねや手足つめたきままねむる  桂 信子
月あまりに清ければ夫を憎みけり  桂 信子
鷲老いて胸をふかるる十二月  桂 信子
青空や花は咲くことのみ思ひ  桂 信子

水中花妊りしこといつ告げん     加藤三七子

ゆっくりと烏丸通り牡丹雪       角川照子 
   
鮎は影と走りて若きことやめず     鎌倉佐弓

雪降りて小さき手と手のさようなら  川本美佐子

銀河系宇宙のすみの蛍狩り       香葉
命かな書くこともなき初日記      香葉

雪を待つ。駅でだれかを待つように、  岸原さや

畠のものみな丈低し十三夜       小島花枝

この年を遊び尽くして曼珠沙華     黒田杏子
朧夜のたしかに酔うてゐたる母     黒田杏子

日焼まだ残りて若き人夫死す     古賀まり子

一楽章すんでオーバー脱ぐところ   佐久間慧子

ひらがなのやうないちにち桃咲いて   清水衣子

朝顔や濁り初めたる市の空       杉田久女
虚子嫌ひかな女嫌ひの単帯       杉田久女
             かな女=長谷川かな女

米寿とは喜怒哀楽も夢の間に 杉山久良(夢野久作夫人)

花冷や箪笥の底の男帯        鈴木眞砂女
羅やひと悲します恋をして      鈴木眞砂女

雷鳴やセティゐるうちに眠るべし    仙田洋子

泣くことも絶ゆることあり彼岸花 高木晴子(虚子五女)

けふまでの日はけふ捨てて初桜      千代女

肉親や一本道を葱提げて       津沢マサ子

講堂は真昼の昏さ卒業式        津田清子
鶏にも夜が長かりしよ餌つかみてやる  津田清子
紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る  津田清子
雪激し何の夾雑物もなし 津田清子
夏潮や柵正しくて絵にならず 津田清子
狡る休みさせ吾をげんげ田に許す 津田清子
生命強かりしよ猪の内臓(わた)の湯 津田清子
野の果てまで雪明るくて道あやまつ 津田清子
金魚死なせし透明の金魚鉢 津田清子

自転車を漕いでむかしへ秋ざくら    鶴岡加苗

産みに行く車燈に頭を下げ給いし母よ  寺井谷子

寒牡丹別の日暮が来てをりぬ      手塚美佐

喪へばうしなふほど降る雪よ      照井 翠

とろろ汁夫を死なせしまひけり     関戸靖子

過去なきごと花に酔いたし花の夜    出口善子

堂守の辞儀のふかさよ寒牡丹      永方裕子

武蔵野に鬼と生まれて月見かな     遠山陽子

来世またをみなと生まれむ雛納め   殿村菟絲子(としこ)
烈風のコブシの白を旗印 殿村菟絲子

綿虫や虚子の墓とも知らず来て     中西夕紀

赤き足袋はき家中を明るくす      中山純

堂守の辞儀のふかさよ寒牡丹      永方裕子

時間まだ夫婦にのこる花明かり   ながさく清江

真二つにキャベツ裂く朝の白き裁き   中嶋秀子
身ごもりて冬木ことごとく眩し     中嶋秀子
秋風や亡き人に都問ふことばかり    中嶋秀子
小春日を掃き残しけり並木道      中嶋秀子

花篝(かがり)火篝湖北まだ暮れず    中村苑子
置き所なくて風船持ち歩く       中村苑子
人待つにあらず夕虹消ゆるまで     中村苑子

あはれ子の夜寒の床の引けば寄る    中村汀女
咳の子のなぞなぞ遊びきりもなや    中村汀女

われに倦み赤き金魚を買い足すよ    鳴戸奈菜

熱燗の夫にも捨てし夢あらむ      西村和子
ひととせはかりそめならず藍浴衣    西村和子

けふ我は揚羽なりしを誰も知らず 沼尻巳津子(みつこ)

夏帯を解くや渦なす中にひとり     野澤節子
身のうちへ落花つもりてゆくばかり   野澤節子
曼珠沙華忘れゐるとも野に赤し 野澤節子
われ病めり今宵一匹の蜘蛛も宥さず 野澤節子

欲しきもの買ひては淋しき十二月  野見山ひふみ

一ところくらきをくヾる踊の輪    橋本多佳子
月光にいのち死にゆくひとと寝る   橋本多佳子

ハンカチ洗ふ日中の夫を知らず    橋本美代子

西鶴の女みな死ぬ夜の秋      長谷川かな女
呪ふ人は好きな人なり紅芙蓉    長谷川かな女
願ひ事なくて手古奈の秋淋し    長谷川かな女

滝音に馴れゐて二人静咲く       檜 紀代

還らざるものの一つに冬の蝶      福神規子

石ひとつ野に老いて言葉はじまりぬ   福田葉子

鶴ばかり子と折ってゐる秋時雨    文挟夫佐恵

女身仏に春剥落のつづきをり      細身綾子 
そら豆はまこと青き味したり      細身綾子

しろばんば木魂のゆくへ定まらず    保坂敏子

母の日の母にだらだらしてもらふ   正木ゆう子
あっそれはわたしの命烏瓜 正木ゆう子
亀鳴くを聞きたくて長生きをせり 正木ゆう子

原子めく檸檬でいたいんです いたいんです 松本恭子

蕗の薹みぢんに刻み今日より妻     松本澄江

心弱気とき春星の大いなる      町野けい子

花の雨兵の征(た)つ日は定かならず  眞鍋呉夫母

どこからが恋どこまでが冬の空     黛まどか 

白露や死んでゆく日も帯しめて     三橋鷹女

菜の花や百萬人の炒り卵        向田邦子

美しき生ひ立ちを子に雪降れ降れ   村上喜代子

いつか死ぬ話を母と雛の前      山田みずえ
蕗の薹煮つまりて母つつがなし    山田みづえ

この家もやがて空家よ雪おろす     山本恭子

春愁や絵よりパレット美しき      八染藍子

羅(うすもの)着て厨子のくらきにひそみたし横山房子
大掃除ねむき子寝せるところなし    横山房子
風花に眸もやして逢ひしこと 横山房子
いわし雲亡き子の写真古びゆく 横山房子

ざくろ美しと見て近づかず      吉野義子

初暦知らぬ月日の美しく        吉屋信子

ふりむかぬ人の背幅や雪もよひ    鷲谷七菜子
日記ふと小説めきて冬の星      鷲谷七菜子

夢殿やげに天平の天高し        渡辺恭子
冷奴大和島根は箸の国         渡辺恭子

合せ鏡するすべもなく春暮れぬ     渡辺つゆ

雪はげし告げ得ぬ言葉犇めきて    渡辺千枝子