続・二十世紀の俳句〈 男性編〉

私家版 続・二十世紀の俳句 索引 男性編
               二〇一五年保存用


独房に釦(ぼたん)おとして秋終る     秋元不死男

蛇女みごもる雨や合歓の花        芥川龍之介

啄木忌いくたび職を替へても貧      安住 敦

弱虫のしかも男や葱坊主         阿部完市
夜の?ねむれば遠き妻にあはん       同

校門を出でて妻となる春霞        雨宮更聞

夜業のパン寝て食う一人の星祭り     穴井 太

裏街はからっぽユトリロ死す       有馬朗人

口重き男いきなり鶴のこと        蟻塚尚孝

籾かゆし大和をとめは帯を解く 阿波野青畝(せいほ)

乳母車押す気まぐれや木の芽時      安藤赤舟

非常門あくうれしさや酉の市        安藤林虫

たましひのたとへば秋の螢かな      飯田蛇笏
炉に落ちしちちろをすくふもろ手かな  同

春の鳶寄りわかれては高みつつ      飯田龍太
鴇色の空より湧いて虎落笛(もがりぶえ)   同 
今川焼きあたたかし乳房は二つ       同
かたつむり甲斐も信濃も雨の中     同

好日やわけても杉の空澄む日      石塚友二

冬かもめ明石の娼家古りにけり     石原八束
一之町二之町三之町しぐれ         同
河上徹太郎葬の弥撒無月かな        同

髭ふえて茂吉の国の冬をゆく      茨木和夫

着ぶくれてますます小さく母癒ゆる   今瀬剛一

秋の雲立志伝みな家を捨つ      上田五千石

初夢に人を探して迷ひけり       榎本好宏

思ひ沈む父や端居のいつまでも    石島雉子郎

二の酉やいよいよ枯るる雑司ヶ谷    石田波郷
英霊車去りたる街に懐手         同
雁(かりがね)やのこるものみな美しき  同

酔へど妻子に明日送る金離すまじ   石橋辰之助

 カラカンダ臨時法廷にて二五年重営倉受刑
葱は佳しちちははは愁ふことなかれ   石原吉郎

打ちみだれ片乳白き砧かな       泉 鏡花

 シベリア抑留中
亡き母の齢となりぬあかぎれて     板間訓一

蜩や玉音聴きし世紀果つ       今中榮三郎

階前梧葉已秋声            梅崎春生

未来ひとつひとつに餅焼け膨れけり   大野林火

妻子なき芭蕉を思ふ冬ごもり      岡本松浜

短日の膳のものなるごりいさざ     岡本高明

ヴェニヤの部屋蚊帳暗くして日記書く 大岡頌司(こうじ)
  妹結婚
ちちははに柿を剥き明日嫁ぐなり    大串 章

銀狐棲む谷土器のかけら出づ      岡部日觔

山は陽を障子は山を消しにけり     小宅容義

スカートのひだあたたかく許されず   落合水尾

咳をしてもひとり 尾崎放哉

初空へ今年を生きる伸びをして     小沢昭一

ひかり野へ君なら蝶に乗れるだろう   折笠美秋
餅焼くや行方不明の夢ひとつ       同
麺麭屋まで二百歩 銀河まで七歩     同

晴天や恋をはりたる猫とゐる      柿本孝映

若狭乙女美(は)し美(は)しと鳴く冬の鳥 金子兜太

苧殻火(ながらび)や死後多辯なる父迎へ 神蔵 器

エゾハルゼミと教へてくれし事務の人  川崎展宏

雉子の眸のかうかうとして売られけり  加藤楸邨
くすぐったいぞ円空仏に子猫の手    加藤楸邨

蘆枯れて瞽女道(ごぜみち)となる国境  角川春樹

葉桜やすヾろに過ぐる夜の靴     金尾梅の門

春の月征きて一軒家空きぬ       藭尾彩史

蚯蚓(みみず)鳴く六波羅蜜寺しんのやみ 川端茅舎
金剛の露ひとつぶや石の上       川端茅舎

春月の出でゝあめつちやはらかし    輭村俊一

藁灰の熱きを均し良寛忌        木内彰志

いつ消えしわが手のたばこ啄木忌    木下夕爾 
夕づつや首の短きうまごやし        同
樹には樹の哀しみのあり虎落笛       同

芥川龍之介九回忌
故人老いず生者老いゆく恨かな     菊池 寛

遠き日の日本の空に凧一つ       北側松太

思ひ切り髪結ひあげて衣更       北澤瑞史

藁灰の熱きを均し良寛忌        木内彰志

光陰のやがて薄墨桜かな        岸田稚魚

思ひ切り髪結ひあげて衣更       北澤瑞史

売れ残る魚少(いさざ)の凍ててしまひけり 草間晴彦
大阪に雪の降る日やかやくめし        同

秋の灯にひらがなばかり母への文    倉田紘文

とどまれば芒急げば風の音       倉橋羊村

貧しさに馴れてや金魚飼ひにけり   久保田暮雨

さびしさは木をつむあそびつもる雪 久保田万太郎
牡蠣船にもちこむわかれ話かな      同
湯豆腐やいのちのはてのうすあかり    同
ほとゝぎす根岸の里の俥宿        同
べんたうのうどの煮つけの薄暑かな    同

秋の灯にひらがなばかり母への文    倉田紘文

とどまれば芒急げば風の音       倉橋羊村

子規まつる小さき祭壇枕辺に       耿朔
 「突貫紀行」
里遠しいざ露と寝ん草まくら      幸田露伴
老子霞み牛霞み流砂霞みけり       同

 シベリア抑留中
母逝くと吾子のつたなき返しぶみ    草野貞吾

売れ残る?(いさざ)凍ててしまひけり  草間時彦

寒スバル裁かるるごと振り仰ぐ     楠本憲吉
風花を綺羅と眺むる逢瀬かな       同

熟しきって廃村の柿冬を耐ふ      五條元滋 
日めくりをめくり残して落葉焚き     同
濡れそぼる山鳥の胸瞬間(とき)を待つ 同

トラック島撤収
水脈(みお)の果炎天の墓碑を置きて去る 西東三鬼
寒燈の一つ一つよ国敗れ          同

こおろぎの一切夜陰負へるなり     斎藤 玄
ある筈もなき蛍火の蚊帳の中       同

流れ星ひとつキタキツネは寝たか    酒井弘司

密会は黄昏が良し雪女郎        佐川広治

身に沁みるほどにはあらず萩の風   佐々木基一

龍太逝き五年や土間の大火鉢     佐々木建成

みちのくは底知れぬ国大熊(おやじ)生く 佐藤鬼房

 檀一雄
詩に痩せて人涼しげに見ゆるかな    佐藤春夫 
恋語る魚もあるべし春の海 佐藤春夫

檀一雄
能登恋し雪ふる音のあすなろう     沢木欽一

行く秋や夜をひとり巻く半歌仙    島谷征良

煮凝りのとけたる湯気や飯の上   鈴鹿野風呂

湯豆腐やかならず久保田万太郎    鈴木俊策

どうにもならぬこと考えていて夜が深まる 住宅(すみたく)顕信

ざくろ放哉旧居の井戸涸れず    関森勝夫

雪原の汚れぬままに昏れてしまふ   宗田安正

煮凝や他郷のおもひしきりなり    相馬遷子
十一月二十一日
青年波郷電気毛布の夢に出て     相馬遷子

戸をたゝく人も寝声や新酒買     志太野坡

そっと、そっと、詩は花となる    
花となって、うちふるえる      杉山参緑

母の死後わが死後も夏娼婦立つ   鈴木六林男

女房のゆばりの音や秋深し      関口良雄

春の闇自宅へ帰るための酒      瀬戸正洋

ちるさくら海あをければ海へちる   高尾窓秋
 
須賀平吉君を弔ふ
生涯にまはり燈籠の句一つ      高野素十
太箸をとりて父母なつかしむ     高野素十

木洩れ日の落ちつくところ春の水   高橋睦郎

万の翅見えて来るなり虫の闇    高野ムツオ

抒情涸れしかと春水に翳うつす   高橋鏡太郎

友の訃に酒酌む夜の迎春花      高橋 治

木洩れ日の落ちつくところ春の水   高橋睦郎

(九月)
子規逝くや十七日の月明に      高浜虚子
浴衣着て少女の胸の高からず     高浜虚子

分け入っても分け入っても青い山  種田山頭火
おもひでがそれからそれへ酒のこぼれて 同
うどんを供へて母よわたくしもいただきまする 同

会う度に無口になる父鯖を裂く    坪内稔典

他郷にてのびし髭剃る桜桃忌     寺山修司

なつかしや未生以前の青嵐      寺田寅彦

 太宰治へ   
卯の花に酔はねば花も暮れかぬる 檀一雄
国破れ妻死んで我庭の螢かな 同
 紀州
子捨てんと思へど海の青さかな      同
 サンタ・クルスにて
落日を拾ひに行かん海の果        同
 絶筆
ガリ笛いく夜もがらせ花ニ逢はん 同
 昭和四七年二月十七日
狼のパクパク食はれる赤頭巾       同

祈りにも似し静けさや毛糸編む    戸川稲村

カンナ崩れまた燃えつきて原爆忌   徳田惑堂

秋風の背戸からからと昼餉かな    富田木歩

美しく生まれ拙く囀るよ       富安風生
何もかも知ってをるなり竈(かまど)猫  同
一葉に十三夜あり後の月        同
こときれてなほ邯鄲のうすみどり   同 
満月を生みし湖山の息づかひ      同 
藻の花やわが生き方をわが生きて    同 
落葉ふみ誰にもわかる句を詠まな    同 
まさをなる空よりしだれざくらかな   同

一盞能払万古愁いっさんよくはらふばんこのうれひ 
                  永井荷風

凩やからまはりする水車       中川宗淵

勇気こそ地の塩なれや雪真白    中村草田男
子を抱くや林檎と乳房相抗(さか)ふ 中村草田男

 倫敦にて子規の訃を聞き
手向くべき線香もなくて暮れの秋   夏目漱石
菫ほどなちいさき人に生まれたし 夏目漱石

妻逝きて十一月の夕顔咲く 七田谷(なだや)まりうす

おほぜいのそれぞれひとり法師蟬   成田千空

またもとの花野に還り廃坑区     西村蓬頭
掃苔や首筋拭いて人は老い 西村蓬頭

寒夜聴く主題はいまだ現はれず   野見山朱鳥
胸にのせ寝て弾くギターチェホフ忌 野見山朱鳥

 応召
馬ゆかず雪はおもてをたたくなり  長谷川素逝

風も日もたやすくぬけて冬木立    土生重次

田のへりの豆つたひ行蛍かな     林富士馬

波郷の忌近し寒暖定めなく      原 裕
渡り鳥わが名つぶやく人欲しや    原 裕

秋風や模様のちがふ皿ふたつ     原 石鼎

燕とぶ日よ宿題を児に課さず     樋笠 文

仰向けの口中に屠蘇たらさるる    日野草城
朝顔やおもひを遂げしごとしぼむ   日野草城 

秋風や砂の詰まりし貝ばかり     藤田湘子

たんぽぽの種子ゆくりなく上昇す   平出種作 

鰯雲子は消しゴムで母を消す     平井照敏

母のゐさうな夕凍ての蔵障子     広瀬直人

苗札の奥の一つは小鳥塚      藤埜まさ志

人ゐても人ゐなくても赤とんぼ   深見けん二

ちちははも神田の生れ神輿舁く   深見しんご

齢急くともさくら餅ひとつずつ    古沢大穂
ローザ今日殺されき雪泥のなかの欅 同
ロシア映画みてきて冬のにんじん太し 同
白髪みごとしかし俺に神を説くな 同

をととひもきのふも壬生の花曇     古舘曹人

春星や女性(によしやう)浅間は夜も寝ず 前田普羅
人のごとく鶏頭立てり二三本       同

明滅の滅を力に螢とぶ         正木浩一
海に降る雪を思へり眠るため       同

はまゆふの花終らんと月夜雨      松本蒼石

夢に舞ふ能美しや冬籠        松本たかし

初夢は死ぬなと泣きしところまで    真鍋呉夫
寒月光われより若き父ふりむく      同 

読み初めは「論語」世の中変はるとも  舛添公夫 

日は沈むすでに冷えたる雉の胸     丸山豊

葛飾や桃の籬(まがき)も水田べり   水原秋桜子 
蟇鳴いて唐招提寺春いづこ        同

梅の花この世ばかりを見て歩く     三森鉄治

女湯モひとりの音の山の秋       皆吉爽雨

有難き御世に樗(おうち)の花盛り    南方熊楠

いま生まれし蚊にまつはられ味噌を吊る 宮坂静生

国古し冬の畦道直ぐなるは無く     宮津昭彦

生きていることに合掌柏餅       村越化石

炎天や暗きところを家といふ      本宮鼎三
年逝くよいつもの壁に服をかけ       同
火葬待つ生者は日向ぼこをして    同
夜の鉱区客なき女水を打つ         同

捨乳や戦死ざかりの男たち       三橋敏雄
赤蜻蛉わが傷古く日を浴びて        同

でで虫のえりうつくしき初時雨     三好達治
拾はれし犬のひるねや冬至梅       同

春寒やぶつかり歩く盲犬        村上鬼城
生きかはり死にかはりして打つ田かな   同

生きていることに合掌桜餅       村越化石

ゆきふるといひしばかりの人しづか   室生犀星

切株の木芙蓉(ふよう)兀として秋暮れぬ 森 鷗外

秋はまづ街の空地の猫じゃらし     森 澄雄

固き帽入学近き子にかぶす       矢島渚男

青き地球蚕は糸を吐きつづけ      野頭泰史

すがるものなくてうろたへへちま苗   矢野景一

子を叱る冬純白の父として      山上樹実雄

炎天の遠き帆やわがこころの帆     山口誓子

老妻のひゝなをさめもひとりにて 山口青邨

過去なきごと花に酔いたし花の夜    出口善子

 シベリア抑留中死去
日の恩や真直ぐに玻璃の雪雫(しずく)  山本幡男

菊づくり菊見盛りは陰の人       吉川英治

親しきは酔うての後のそば雑炊     吉村 昭

年の夜やもの枯れやまぬ風の音     渡辺水巴

鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ   渡辺白泉