折口信夫が選んだ俳句

折口信夫が選んだ俳句(英訳俳句草稿)



吉川五明(享保三年沒)

青草や。人里ちかき 冬ばたけ

 残っている緑の草  
 村の声が聞こえたり聞こえなかったりする
 冬の畑中の道


夏目成美(文化十三年沒)

落葉して、日向に立てる榎かな

行く春を 鏡に怨む一人かな


釈 乙二(文政六年沒)

天の川。田守とかたる まうへかな

月させど、よく/\くらき椿かな

水はやし。りんだうなんど流れくる

春雨や。木の間に見ゆる海の道


鈴木道彦( )

日くれまで 日のさす 寺の尾花かな

ゆさ/\と櫻もてくる 月夜かな


井上志郎(文化九年沒)

春の月。雉の遠音に かたぶきぬ

道ばたに 撫子咲きぬ。雲の峯

蚊帳越しに 朝顔見ゆる 旅寝哉

出づる日の外に ものなし。霧の海

大蟻の畳を歩く 暑さ哉


栗田樗堂(ちよだう)(文化十一年沒)

さびしさを 芒にむかふ芒かな


桜井梅室(嘉永五年)

つばき落ち、鶏鳴き、椿また落ちる


成田蒼?(さうきう) (天保十三年沒)

いつ暮れて、水田の上の 春の月

羽をこぼす 梢の鳶や。小六月


田川鳳朗(弘化二年沒)

夕ぐれになる空 澄むや。梨の花


市原多代女(慶応元年沒)

海にそふ山は 小松や。春の月

行く雲の あられこぼして、月夜かな


正岡子規(明治三十五年沒)

蝶々や。巡礼の子のおくれがち   

蛇落つる 高石がけの 野分かな

鵙(もず)鳴くや。一番高い木のさきに

とりまいて、人の火をたく 枯野かな

湖青し。雪の山々、鳥かへる

家一つ、梅五六本。こゝも/\

大凧に 近よる鳶もなかりけり

五月雨や。棚へとりつく ものゝつる

涼しさや、嶋かたぶきて 松一つ

うれしさや。小草(おぐさ)影もつ 五月晴れ

夕陽(せきやう)に 馬洗ひけり。秋の海

湖の上に舞ひ行く 落葉かな

大櫻 たゞ一もとのさかりかな

赤蜻蛉。筑波に 雲もなかりけり

鳥啼いて 赤い木の実をこぼしけり

しぐるゝや。鶏頭黒く、菊白し

島々に 灯をともしけり。春の海

永き日や。驢馬を追ひ行く鞭の 影

ひら/\と 蝶々 黄なり。水の上

雉鳴くや。雲裂けて 山あらはるゝ

梨咲くや。いくさのあとの 崩れ家

暁や。白帆過ぎ行く 蚊帳の外

夕栄(ゆふばえ)や。月も出て居て、雲の峰

山里や。雪積む下の 水の音

湖や。渺々として、鳰一つ

月の出やはらり/\と 木の葉散る

大國の山 皆低き、霞かな

藻の花や。水ゆるやかに 手長蝦(えび)

苺熟す。去年の此頃 病みたりし

佛へと、梨十ばかりもらひたり

榎(え)の実散る。此頃うとし 隣の子

鴛鴦の羽に 薄雪つもる。静さよ

南天に雪吹きつけて、雀鳴く

いくたびも 雪の深さを尋ねけり

灯ちら/\。絶えず 若葉に風わたる

夕風や。白ばらの花 皆動く

上汐の 氷にのぼる、夜あけ哉

障子あけて、病間(ひま)あり。薔薇を見る

蜩や。藭鳴晴れて 又夕日

雪残る頂一つ。国境

城跡や。麥の畑の桐の花

畑もあり。百合など咲いて、嶋ゆたか




青草や。人里ちかき 冬ばたけ

 残っている緑の草  
 村の声が聞こえたり聞こえなかったりする
 冬の畑中の道


行く春を 鏡に怨む一人かな

 春も過ぎる。人間の若さも
 鏡に向ってわびしい思ひをしてゐる
 孤独の女のかげ