あぶらやま不定期通信〈4〉

 あ ぶ ら や ま 不 定 期 通 信 4  
          2016/07/05

60を過ぎてから「歯は大事だなぁ。」と実感するようになった。
 君たちにはまだ分からないかも知れないけれど、私たちは舌でだけ味わっているのではない。じつは歯でも味わっているのです。歯の調子の悪いときの食い物の不味(まず)いこと、不味いこと。
 だから毎朝、歯磨き励行(レイコウ)。
ただ適当な歯ブラシがずうっと見つからず、仕方がないから一度に三本ほどの種類の違う歯ブラシを使い分けていたが、今年になってやっと自分にピッタリのが見つかり、毎朝一本の歯ブラシで磨いて、あとは一日中「さわやかぁー。」それで分かったが、CMでやっている「お口さわやか」のシューッやガムなどを使っている人は朝の歯磨きが不十分な人なんだ。
 「その歯ブラシを教えてください」という質問が出そうだけど、ここ数年、ものの名前も人の名前も覚えられなくなった。だから次に買うときのために包装紙をバッグに入れて持ち歩いているくらい。
 それに、あれはあくまで「私に合う」ものであって万人(バンジン)向けという訳ではない。
 たいていの物事はそうだ。ほかの人に合ってもなんにもならない。「自分に合うかどうか」が決め手。
 自分に合うもの、自分に合うこと、自分に合う人、自分に合う場所、を見つけられたら、あとは安心してのびのび出来る。

 ポール・スミザーというイギリス人の庭師がいる。
 かれは日本庭園を造りたくて10代のとき来日した。でも当時の日本はイングリッシュ・ガーデンが大人気で、来る日も来る日もイングリッシュ・ガーデン造りばかりやらされる。「これじゃぁ何のために日本に来たのか分からない!!」と一大決心をして独立し、日本庭園一本の庭師になった。
 かれは、依頼されたらまずその場所に行き、生えている外来種の植物をすべて引っこ抜くので依頼主はびっくりする。
「これも外来種なんですか!?」。
「そうです。日本庭園に外来種があるのは変でしょ? でも、そんな日本庭園だらけなんですよ。」
 もう日本語がペラペラなのです。
 そして、もとから生えている在来種はそのまま残してから、庭のプランを考える。
「もとから生えているということは、その植物にはその場所が合っているということです。だからそのままにします。どんな植物も〝自分の居場所〟さえあったら、いきいきと美しくなります。」
 だから、木を植えたら、木陰には木陰を好む植物を移植する。日陰になるところには日陰を好む植物を。
 どの植物がどんな場所に合うかを確かめるために、かれは山梨県に土地を借りて、自分の見つけた草木を条件の違う場所に何カ所も植えて育ち具合を確かめてきた。(植物ハンター西畠清順さんのことば「植物の数だけふるさとがある」)

 日本の庭師は「庭に使う植物」と「雑草」を区別してきたが、イギリスから来たスミザーさんには、そんな区別はない。「日本人は日本の自然の美しさを分からないでいるんです。」──そんなことを言った外国人が他にもいたな。「日本を理解していないのは世界で日本人だけだ!!」。C・W・ニコルさんはもっと過激な発言をした。「日本の自然は世界最高だ。でも日本人の自然の守り方は世界最低だ。日本人が守らないのならボクが守る!!」彼は日本国籍を取得(シュトク)した。──スミザーさんは「雑草」をどんどん活用する。
 だから庭が出来上がると、依頼したお爺ちゃんやお婆ちゃんの第一声は「わぁ懐かしい!!」──子どもの頃遊んだ野原や川縁(かわべり)は、こんな感じだった。──その懐かしい小さな野原で土いじりを始めたお爺ちゃんやお婆ちゃんもいきいきとなる。
 だから、いまスミザーさんは大忙し。依頼主は順番待ちなのだそうだ。

 ひと昔前「自分探し」というのが流行(はや)った。
 でも今、あれは「自分の居場所探し」だったんじゃないかと思い始めている。
 「自分は何者か」なんて、一年や二年で分かるもんか。自慢じゃないが、君たちのよく知っている老国語教師なんかいまだに「Who am I ?」。20年後も「Who am I ?」??
 それでも「オレはオレだ」といばっている。

 先月、四国旅行をしてきた。小倉に行くフェリーが出る松山にたどり着いたときはクタクタ。「ともかく一息いれよう」と入った喫茶店で注文を取りに来たのは元気のいい中国の女の子だった。(セブン・イレブン同様に名札をつけていたので一目瞭然(イチモクリョウゼン))
「いらしゃいませ!!」
 懐かしの「スパゲティーナポリタン」とアイスコーヒーを頼んで待っていると、厨房(チュウボウ)から明るくて元気のいい声が聞こえてきた。「中国あぶなぁい。信用できなぁい。」
 きっと「卒業したら帰るの?」とか訊(き)かれたのだろう。
 その返事の明るさにホッとさせられた。
──あの子はいま「自分の居場所」を獲得できそうな自信がわいてきているんだな。

 夏休み前なのであとひとつの話も。
 今頃になって、佐野洋子『100万回生きたねこ』を読んだ。
 まだの人はいつかきっと読みなさい。私の授業百回ぶん以上の価値がある。なんなら夏休みの間、私のを貸し出すから回し読みをしては?