「アク」について

「アク」について
         2017/04/17

 「鎌倉幕府滅亡の原因は何か。この難問に対する日本中世史学界の最新の回答をお教えしよう。ズバリ〝分からない〟である。」

 『応仁の乱』を感心しながら読んで「あと一冊呉座勇一のをなにか読もう。」
 図書館から借りた『戦争の中世史──下剋上は本当にあったのか──』は痛快そのものだった。著者は三浦瑠麗と同世代。やっとフラットな目で歴史的事象を見る人間が育ってきた。
 「これまで歴史学者が語ってきた〝名もなき民衆が社会を変える!〟というストーリーはとても感動的だし、現実にそういう側面もあるわけだが、最初から〝民衆こそが変革者だったに違いない〟と期待して、そういう事例を何が何でも探してこようという方向で研究を進めると、民衆の主体性が実態以上に強調されてしまう。本書では〝民衆が変革を望んでいた〟といった先入観を排し、なるべく客観的な分析を心がけたい。・・・・戦争の時代を懸命に生きた人々の姿をありのままに描く。それは血湧き肉躍るものではないかもしれないが、十分に胸を打つものだと思う」という序文にふさわしい内容です。

 たとえば
 ・当時の武士にとっての命題は「いかに生き延びるか」であって「いかに死ぬか」は念頭になかった。
 ・モンゴル来襲のときは既に一騎打ちの伝統は失われていた。
 ・後醍醐天皇の施策はそれまでと特に変わったところは見られない。建武の新政の失敗原因は別のところにある。
 ・楠木正成は一時期反体制派のヒーローのように扱われていたが、近年の研究では御内人(みうちびと=北条得宗家に使える武士。御家人は、不在地主である本家の荘園の管理を請け負っていた者のことらしい。)であり、完全に体制側の人間だった。

 以下は読んでいるうちに浮かんできた何の根拠もない事柄です。
 楠木正成もそう呼ばれていた「悪党」とは在地地主(江戸時代でいうなら地侍)のことだと思っていた。「かれらは既得権を守るために一所懸命で闘った。」
 でもそれは広く受け容れられていた石母田正の(不正確な)学説だったのだそうだ。
 「悪党という用語は、訴訟の際に訴訟を起こした側が用いていた〝被告〟つまり〝被告発者〟のことであって、その出自や立場は様々である。訴訟合戦になったときは互いに相手を〝悪党〟と呼んでいる。」
 「なあんだ。ロマンがひとつ減った。」階級闘争史観の影響甚大。

 以下は、自分の思い込みが単に教科書鵜呑みではないロマンだったという、いわば『あぶらやま通信』の続きみたいな話です。

 ヤマザクラヤマブドウヤマナシ、の「ヤマ」や、オニグルミ、オニホウズキ、オニヤンマの「オニ」は、「野○○」同様に、「もともとの」とか「地の」という意味合いなのではないか、といことを以前に書いた。
 実は「アク」にもそういう意味合いを感じているのだが、「悪党」以外に思いつくことばがなかった。
 もちろん「アク」は漢語の「悪」の音なんだが、もともとの日本語に「アク」という言葉があって(「灰汁」はその例のひとつ。)、それを漢語に転用したに過ぎないのではないか。だから「悪○○」は歌舞伎でもアンチヒーローとして人気があった。
 たとえば「アク抜き」とは動物で言えば「去勢」と同質の行為をよぶ。
 その「アク」は「もともと具わっているもの」のことだ。それを「抜き取る」ことで食用化・家畜化される。その「アク」に相当する漢語はむしろ「精」に近いと感じるんだが、どうだろう?
 こちらには「エグ味」という言葉がある。学生時代に使っていた「エグい」のエグなんだが、東京ではほとんど単なる比喩として「エグい」が使われていた気がする。
 ほうれん草や蕨のアクを取るためにはサッとゆがく。タケノコのエグ味を取るためには──こんどテキに訊いておく──。でも、その「アク」と「エグ」はもともとから別の言葉としてあったのだろうか?
 「エグ」もまた「もともと具わっている」もので、食用にするためにそれを抜きとる、漢語で表すなら「精」がもっともふさわしいと思われる日本語だ。

 あるいは、こちらでは「強い」と書いて「コワい」とも読む。「強面(こわもて)」や「強飯」の「コワ」のことです。その「怖い」と「アク」がどこかで混同されて、近世のアンチヒーローの名になったのではないかというのが、今の所の推論です。(記憶によれば既に『平家物語』に「悪○○」というあだ名の強者が登場していたが、その人は別に「アンチ」ではなかった。)
 精しいは「くわしい」と読む。その「クワ」と上の「コワ」は別の言葉であったのか?
 その「コワ」や「クワ」や「エグ」の総称が「アク」で、たまたま音が同じだったので漢字の「悪」を宛てるようになった?
 漢文では、「冒頭の〝悪○○○〟の〝悪〟はwhyやwhereにあたる疑問詞、文末の〝○○○悪〟の〝悪〟は〝?〟にあたる感嘆符だよ。」
 醜悪の「醜」もそうだが、漢字(漢語)自体にそういう意味が含まれていたのかもしれない。こんど用語例を探してみます。