小沢昭一

小沢昭一(昭和四年四月生まれ)
  「俳句で綴る半生記」より  
昭和四十四年
一月
  スナックに煮凝のあるママの過去
二月
  麦踏みや背負籠の中の粉ミルク
  ぎょうざ屋に盆栽の梅枯れてあり
三月
  春の爐に雀焼く手のマニキュア
  老蠅のちょっと飛んだる暖かさ
九月
  二号という噂の人や初さんま
  みの虫の居を定めたり風のなか
十一月
  山茶花や訪う人ごとのほめことば
昭和四十一年
一月
  分割も済んで今年の寒雀
六月
  しごかれてものになる鵜もならぬ鵜も
十一月
  冬の夜や乗り過ごしたる田端駅
昭和四十六年
十二月
  派出婦の子の待つ聖し夜の灯り
昭和四十七年
一月
  この婆ととにもかくにも姫始め
二月
  わ
が咳と女の咳や暗き宿
四月
  雨の日はどこに宿るのかてふてふ
八月
  始発待つ行商の荷や露の朝
昭和四十八年
八月
  ステテコや彼にも昭和立志伝
十一月
  一人泣かせて雪合戦終わる
昭和四十九年
二月
ふと商売替えを想いて春寒く
十二月
踊り子の九時過ぎからの大晦日
昭和五十年
九月
もう三日帰らぬ猫や流れ星
まだ手をふっている一本道や鰯雲
昭和五十一年
五月
  棕櫚咲くや詰む当てもなき詰将棋
昭和五十二年
四月
  駅弁の冷えし夜汽車やほたるいか
昭和五十三年
九月   
  首まげて口とがらせてみた志ん生
十一月
  ピンク・レディ聴く手内職の夜や一葉忌
昭和五十四年
一月
割箸を割るや和解の鮟鱇鍋
十月
今宵また帰らぬ人や初時雨
十一月
  訥弁の身をいら立ちてにごり酒 
昭和五十六年
一月
  寒灯や銭勘定のあわぬ夜
九月
  大げさでなく生きるうれしさよ松茸さく
十二月
  鮟鱇や金馬の口も大きくて
昭和五十七年
十二月
おでん屋台いつもの犬の来ない夜
昭和六十年
一月
いまさらに吾が身いとしき初湯かな
六月
  変哲忌鰺のひらきを供えかし
昭和六十一年
三月
  落第や吹かせておけよハーモニカ
昭和六十二年
十二月
  しかるべき素性のあるらん飾売
平成元年
十月
叱られてふてて裏戸の吊し柿
かまきりの小首かしげる葉末かな
木枯や易者の姿勢正しかり
十一月
  塩せんべい焼く町へ来て冬の空
平成二年
二月
なにはさて春は分葱(わけぎ)のぬたの色
六月
  裸電球すももひとやま売れ残る
七月
  浜木綿や行商に出て留守の村
平成四年
一月  
  初空へ今年を生きる伸びをして
八月
  南瓜煮ておいたからネと母子家庭
平成五年
一月
散髪はまたの日にして雪もよい
二月
  ついぞ見ぬ猫も来ていて軒の恋
十月
泰ちゃんに逢いたい夜よ秋の山
平成七年
一月
  口あけし鱈や手荒に抛(ほう)らるる
三月
  縁談を決めかねている彌生かな
七月
  蜜豆や女子高生の白い脚
平成八年
十二月
  行く年や炭屋の炭を切る手順
平成九年
六月
うな丼や親父の馴染みだった店
十一月
いっぱしに鎌ふりあげて子かまきり
平成十年
十一月
  どんぐりを踏んでしまったごめんなさい
十二月
  冬ざれや鉄路をひとり保線工
  小津映画流れるままに寝正月
ユトリロの絵は残したく古暦
平成十一年
一月
どうということもなけれど初句会
二月
  雀の子親はどこかにきっといて
八月
  手の皺を見つめ八月十五日
十一月
  干し柿や村に伝わる翁面
平成十二年
十一月
  凩や娘の離婚なだめし夜
平成十三年
四月
  春の日にそっとしてみる死んだふり
十月
  タリバン軍国少年たりし我れ
平成十四年
一月
  独酌やどうせつけざる新日記
四月
  おもかげや先妻の子と草を摘む
  春の夜のもう三人の戦友会
九月
  秋天や明治生まれの日章旗
平成十五年
二月
亀の名を政代とつけて春時雨
平成十八年
一月 
また少し老けて揃いぬ初句会
獅子舞やのぞく手先の皺深く
二月
  庭に鳥猫の知らせる二月かな
  出戻りの人目を避けて芹を摘む
三月
倅より音沙汰はなし麦を踏む
四月
  肩車して遠き日の善光寺  
五月
ふるさとの校庭はだしになってみる
六月
  玉葱に泣く新妻や夏のれん
八月
  牛乳を猫にも分けて涼新た
  秋近し預金残高確かめり
名月や天命なるものあるらしく
二つ目で辞めしこの身や円朝
十月
新蕎麦の札や店主の筆のくせ
コスモスやあたし中絶せずに生む
時雨るるやどうせ迎えの来ない駅
十二月
また今年どうせつけない日記買ふ
平成十九年
一月
如月や廟高鎮に散った祖父
麦踏みや倅が跡を継ぐという
踏んづけた猫へ詫びつつ初笑い
二月
  あの夜に気のゆるみあり春の風邪
  寝返りを明日遠足の子のくり返す
六月
  田植え終え祖父本懐の心不全
  紫陽花や死んだ噂のままに住み
十二月
  天主堂ありきとマリア像寒し
平成二十年
一月
  寒月やいきていりゃこそ娑婆の空
六月
  夏帽子信欽三に似た教授
八月
ごめんなさい家族と箱根終戦
何はさてガン宣告の夜のとろろ汁
十月
  総選挙捨てて松ヶ枝手入れせむ
十二月
  今年から妻なき宵の年の市
  マスク一つ踏まれてありぬ終電車
平成二十一年
二月
  初孫は遠き都や雛の市
原っぱに寝てすかんぽを噛みし日よ
四月
  孫ばなし途切れ粽の帯を解く
  ネクタイは父の形見や新社員
六月
梅雨寒のいつもいる猫いない道
梅雨近くやらなきゃならぬあれやこれや
七月
  ナイターや宰相だれになったとて
十月
  すり生姜のせて病母へ出すうどん
十二月
  元日を稼ぐ因果の芸渡世
平成二十二年
二月
如月の暦短く下着買ふ
四月
  手に乗れば蝌蚪(かと)ぱくぱくと丸き口
六月
  郭公や吾れのみ客の閑古宿
  「おはよう」と知らぬ人なり夏の朝
十月
  もう孫に嫁のはなしや秋深し
  少年の日をふと思う夜や冬近し
  今日事件何もなき夜の流れ星
十二月
  もう何もどうでもいいぜ去年今年
  冬の夜やかの志ん生の喉の寂(さび)
  寒雷や父の倒れし報せの夜
平成二十三年
一月
  良寛の手鞠ばなしを聴きし夜や
五月
  蠅多き街ならばこそこの活気
十二月
  極月や手配写真も顔なじみ
平成二十四年
一月
  変わりばえせぬ俺も句も年あらた
五月
  ラムネ壜にぎり昭和の子どもにもどる