続・二十世紀の俳句 索引

私家版 続・二十世紀の俳句 索引 女性 二〇一六年

かすみ草やさしき嘘に人畢る       赤松螵子

春愁や癒えて着られぬ服ばかり      朝倉和枝

九十の端(はした)を忘れ春を待つ       阿部みどり女

短夜や乳ぜり啼く児を須可捨焉乎(すてちまおか)   竹下しづの女

童話書きたし送電線に雪降る日      飯島晴子

花なずな胸のぼたんをひとつはずす    池田澄子

さくらさくらわが不知火はひかり凪    石牟礼道子
祈るべき天とおもえど天の病む      石牟礼道子
空のすみまでふるえて虹の青一弦     石牟藎道子
われをまつ木下闇の蛍かな        石牟藎道子
泣きなが原化けそこないの尻尾かな 石牟藎道子

草の実踏み人への情を名づけ難し     和泉香津子

曼珠沙華真赤な嘘でかたまれり      伊藤敬子

 昭和8,2,20
多喜二忌や麻布二の橋三の橋       伊藤ふじ子
アンダンテ・カンタビレを聞く多喜二忌   伊藤ふじ子

セーターの白はだれにも似合ふ色     稲畑汀子

来年のことは知らねど日記買ふ      今井つる女 

 夫に癌を告知せず
紅梅よ吾れの運命を夫知らず        上野章子


葱の列国原は雨はげしかり        宇田喜代子 
晩年とはいかなる嘘や石の上        同

雨ふかし戦没の子や恋もせで       及川 貞
あるときはもの思ふまじと麦を踏む     同   
夜涼かなこんな時亦独りも可        同

単帯水のごと展べ形見わけ        大石悦子

花こぶし逢はねば忘る合言葉       大木あまり


?の屍の鳴きつくしたる軽さかな     大倉郁子

あじさいの心屈してながめいる      大原富枝

霧深き夜なりと日記書き出しぬ      大場美夜子

  妹結婚
さびしさを支へて釣りし蚊帳の月     岡崎えん

人はみなうしろ姿の枯木立        岡本 眸

更衣母子で暮らす日が減りゆく      岡本差知子

いつまでもどこまで行っても雪の声    岡本尚子

金木犀部屋をかへて読む放浪記      鍵和田釉子(ゆうこ)
春落葉えたいの知れぬものも掃く      同 

誰がために生くる月日ぞ鉦叩(かねたたき) 桂 信子
青空や花は咲くことのみ思ひ        同

鮎は影と走りて若きことやめず      鎌倉佐弓

水中花妊りしこといつ告げん       加藤三七子

ゆっくりと烏丸通り牡丹雪        角川照子 
   
雪降りて小さき手と手のさようなら    川本美佐子

蛇笏の忌またあたらしき空が生まれ    河村祐子

銀河系宇宙のすみの蛍狩り         香葉
命かな書くこともなき初日記         同

雪を待つ。駅でだれかを待つように、   岸原さや

畠のものみな丈低し十三夜        小島花枝

水無月の風は瑠璃色だと思ふ       小林すみれ

この年を遊び尽くして曼珠沙華      黒田杏子
朧夜のたしかに酔うてゐたる母      黒田杏子

一楽章すんでオーバー脱ぐところ     佐久間慧子

ひらがなのやうないちにち桃咲いて    清水衣子

朝顔や濁り初めたる市の空        杉田久女
虚子嫌ひかな女嫌ひの単帯        同
                かな女=長谷川かな女


花冷や箪笥の底の男帯          鈴木眞砂女

けふまでの日はけふ捨てて初桜      千代女
春雨やうつくしうなる物ばかり      千代女

肉親や一本道を葱提げて         津沢マサ子

講堂は真昼の昏さ卒業式         津田清子
鶏にも夜が長かりしよ餌つかみてやる   津田清子

自転車を漕いでむかしへ秋ざくら     鶴岡加苗

産みに行く車燈に頭を下げ給いし母よ   寺井谷子

寒牡丹別の日暮が来てをりぬ       手塚美佐

喪へばうしなふほど降る雪よ       照井 翠

とろろ汁夫を死なせしまひけり      関戸靖子

過去なきごと花に酔いたし花の夜     出口善子

武蔵野に鬼と生まれて月見かな      遠山陽子

来世またをみなと生まれむ雛納め     殿村菟絲子(としこ)
烈風のコブシの白を旗印 殿村菟絲子

綿虫や虚子の墓とも知らず来て      中西夕紀

複製画とはいえマチス夏来る        中村晋子

赤き足袋はき家中を明るくす       中山純

堂守の辞儀のふかさよ寒牡丹       永方裕子

時間まだ夫婦にのこる花明かり     ながさく清江

真二つにキャベツ裂く朝の白き裁き     中嶋秀子
身ごもりて冬木ことごとく眩し        同
秋風や亡き人に問ふことばかり        同

花篝(かがり)火篝湖北まだ暮れず     中村苑子
置き所なくて風船持ち歩く        中村苑子
人待つにあらず夕虹消ゆるまで      中村苑子

あはれ子の夜寒の床の引けば寄る     中村汀女
咳の子のなぞなぞ遊びきりもなや 中村汀女

われに倦み赤き金魚を買い足すよ     鳴戸奈菜

熱燗の夫にも捨てし夢あらむ       西村和子
ひととせはかりそめならず藍浴衣      同

けふ我は揚羽なりしを誰も知らず     沼尻巳津子(みつこ)

夏帯を解くや渦なす中にひとり       野澤節子
身のうちへ落花つもりてゆくばかり     同

欲しきもの買ひては淋しき十二月     野見山ひふみ

一ところくらきをくヾる踊の輪      橋本多佳子
月光にいのち死にゆくひとと寝る     橋本多佳子

ハンカチ洗ふ日中の夫を知らず      橋本美代子

西鶴の女みな死ぬ夜の秋        長谷川かな女
呪ふ人は好きな人なり紅芙蓉  同
願ひ事なくて手古奈の秋淋し        同

滝音に馴れゐて二人静咲く        檜 紀代

燕とぶ日よ宿題を児に課さず       樋笠 文

還らざるものの一つに冬の蝶       福神規子

石ひとつ野に老いて言葉はじまりぬ    福田葉子

鶴ばかり子と折ってゐる秋時雨      文挟夫佐恵

女身仏に春剥落のつづきをり       細身綾子 
そら豆はまこと青き味したり        同

しろばんば木魂のゆくへ定まらず     保坂敏子

原子めく檸檬でいたいんです いたいんです 松本恭子

蕗(ふき)の薹(たう)みぢんに刻み今日より妻 松本澄江

心弱気とき春星の大いなる         町野けい子

花の雨兵の征(た)つ日は定かならず    眞鍋呉夫母

どこからが恋どこまでが冬の空      黛まどか 

白露や死んでゆく日も帯しめて      三橋鷹女

菜の花や百萬人の炒り卵         向田邦子

美しき生ひ立ちを子に雪降れ降れ     村上喜代子

いつか死ぬ話を母と雛の前        山田みずえ

この家もやがて空家よ雪おろす      山本恭子

春愁や絵よりパレット美しき       八染藍子

初暦知らぬ月日の美しく         吉屋信子

羅(うすもの)着て厨子のくらきにひそみたし 横山房子

ざくろ美しと見て近づかず       吉野義子

ふりむかぬ人の背幅や雪もよひ      鷲谷七菜子

夢殿やげに天平の天高し         渡辺恭子

合せ鏡するすべもなく春暮れぬ      渡辺つゆ

雪はげし告げ得ぬ言葉犇(ひし)めきて   渡辺千枝子



続・二十世紀の俳句 索引 男性編


裏街はからっぽユトリロ死す        有馬朗人

独房に釦(ぼたん)おとして秋終る     秋元不死男

蛇女みごもる雨や合歓の花        芥川龍之介

啄木忌いくたび職を替へても貧      安住 敦

弱虫のしかも男や葱坊主         阿部完市
夜の?ねむれば遠き妻にあはん      阿部完市

校門を出でて妻となる春霞        雨宮更聞

夜業のパン寝て食う一人の星祭り     穴井 太

口重き男いきなり鶴のこと        蟻塚尚孝

籾かゆし大和をとめは帯を解く     阿波野青畝(せいほ)

乳母車押す気まぐれや木の芽時      安藤赤舟

非常門あくうれしさや酉の市        安藤林虫

たましひのたとへば秋の螢かな      飯田蛇笏
炉に落ちしちちろをすくふもろ手かな 飯田蛇笏 
戦死報秋の日くれてきたりけり       飯田蛇笏

春の鳶寄りわかれては高みつつ      飯田龍太
鴇色の空より湧いて虎落笛(もがりぶえ)  飯田龍太  
今川焼きあたたかし乳房は二つ      飯田龍太
かたつむり甲斐も信濃も雨の中    飯田龍太

好日やわけても杉の空澄む日       石塚友二

冬かもめ明石の娼家古りにけり      石原八束
一之町二之町三之町しぐれ          同
河上徹太郎葬の弥撒無月かな         同

髭ふえて茂吉の国の冬をゆく       茨木和夫

着ぶくれてますます小さく母癒ゆる    今瀬剛一

秋の雲立志伝みな家を捨つ       上田五千石

初夢に人を探して迷ひけり        榎本好宏

思ひ沈む父や端居のいつまでも     石島雉子郎

二の酉やいよいよ枯るる雑司ヶ谷     石田波郷
英霊車去りたる街に懐手         石田波郷
雁(かりがね)やのこるものみな美しき 石田波郷

酔へど妻子に明日送る金離すまじ    石橋辰之助

 カラカンダ臨時法廷にて二五年重営倉受刑
葱は佳しちちははは愁ふことなかれ    石原吉郎

打ちみだれ片乳白き砧かな        泉 鏡花

 シベリア抑留中
亡き母の齢となりぬあかぎれて      板間訓一

蜩や玉音聴きし世紀果つ        今中榮三郎

小骨まで熟れて?(このしろ)鮓めでた    茨木和夫

階前梧葉已秋声             梅崎春生

かぎりなき柔らかさによってたつ花の威厳  大岡 信

未来ひとつひとつに餅焼け膨れけり    大野林火

妻子なき芭蕉を思ふ冬ごもり       岡本松浜

短日の膳のものなるごりいさざ       岡本高明

ヴェニヤの部屋蚊帳暗くして日記書く    大岡頌司(こうじ)

  妹結婚
ちちははに柿を剥き明日嫁ぐなり      大串 章

銀狐棲む谷土器のかけら出づ        岡部日觔

山は陽を障子は山を消しにけり       小宅容義

スカートのひだあたたかく許されず     落合水尾

又の世は?にやならん夏木立        岡倉天心
 O think I was born a cicade!
To talk to the rocks in the summer tree.


咳をしてもひとり 尾崎放哉
これでもう外に動かないでも死なれる    尾崎放哉
追っかけて追いついた風の中        尾崎放哉
何がたのしみで生きてゐるのかと問はれて居る  同

初空へ今年を生きる伸びをして      小沢昭一
親鶏のぬくみ宿して寒卵 小沢変哲
スナックに煮凝のあるママの過去 小沢昭一

ひかり野へ君なら蝶に乗れるだろう    折笠美秋(びしゆう)
餅焼くや行方不明の夢ひとつ         同
麺麭屋まで二百歩 銀河まで七歩       同

青空や障子を入れて眠るなり        折口信夫

晴天や恋をはりたる猫とゐる        柿本孝映

若狭乙女美(は)し美(は)しと鳴く冬の鳥   金子兜太

苧殻火(ながらび)や死後多辯なる父迎へ   神蔵 器

エゾハルゼミと教へてくれし事務の人    川崎展宏

雉子の眸のかうかうとして売られけり   加藤楸邨
くすぐったいぞ円空仏に子猫の手     加藤楸邨
人間をやめるとすれば冬の鵙(もず) 加藤楸邨

蘆枯れて瞽女道(ごぜみち)となる国境   角川春樹

葉桜やすヾろに過ぐる夜の靴       金尾梅の門

春の月征きて一軒家空きぬ        藭尾彩史

蚯蚓(みみず)鳴く六波羅蜜寺しんのやみ  川端茅舎
金剛の露ひとつぶや石の上        川端茅舎

初空に鶴千羽舞ふ幻の          川端康成
先づ一羽鶴渡り来る空の秋        川端康成
秋の野に鈴鳴らし行く人見えず      川端康成
夕日野に遠音さす鐘も秋深き       川端康成

春月の出でゝあめつちやはらかし     輭村俊一

藁灰の熱きを均し良寛忌         木内彰志

いつ消えしわが手のたばこ啄木忌     木下夕爾 
夕づつや首の短きうまごやし         同
樹には樹の哀しみのあり虎落笛        同

芥川龍之介九回忌
故人老いず生者老いゆく恨かな      菊池 寛

遠き日の日本の空に凧一つ        北側松太

思ひ切り髪結ひあげて衣更        北澤瑞史

貧しさに馴れてや金魚飼ひにけり    久保田暮雨

さびしさは木をつむあそびつもる雪  久保田万太郎
牡蠣船にもちこむわかれ話かな       同
湯豆腐やいのちのはてのうすあかり     同
ほとゝぎす根岸の里の俥宿         同
べんたうのうどの煮つけの薄暑かな     同

秋の灯にひらがなばかり母への文     倉田紘文

とどまれば芒急げば風の音        倉橋羊村

子規まつる小さき祭壇枕辺に        耿朔

 「突貫紀行」
里遠しいざ露と寝ん草まくら       幸田露伴
老子霞み牛霞み流砂霞みけり        同

 シベリア抑留中
母逝くと吾子のつたなき返しぶみ     草野貞吾

売れ残る?(いさざ)凍ててしまひけり 草間時彦

寒スバル裁かるるごと振り仰ぐ      楠本憲吉
風花を綺羅と眺むる逢瀬かな        同

熟しきって廃村の柿冬を耐ふ       五條元滋 
日めくりをめくり残して落葉焚き       同
濡れそぼる山鳥の胸瞬間(とき)を待つ 同
チャプスイの混沌として夏の闇      五條元滋

藁灰の熱きを均し良寛忌         木内彰志

光陰のやがて薄墨桜かな         岸田稚魚

思ひ切り髪結ひあげて衣更        北澤瑞史

売れ残る?の凍ててしまひけり       草間晴彦
大阪に雪の降る日やかやくめし        同

秋の灯にひらがなばかり母への文     倉田紘文

とどまれば芒急げば風の音        倉橋羊村

こおろぎの一切夜陰負へるなり      斎藤 玄
ある筈もなき蛍火の蚊帳の中        同

寒燈の一つ一つよ国敗れ         西東三鬼

トラック島撤収
水脈(みお)の果炎天の墓碑を置きて去る  西東三鬼
寒燈の一つ一つよ国敗れ          同

こおろぎの一切夜陰負へるなり      斎藤 玄

流れ星ひとつキタキツネは寝たか     酒井弘司

密会は黄昏が良し雪女郎         佐川広治

身に沁みるほどにはあらず萩の風     佐々木基一

龍太逝き五年や土間の大火鉢       佐々木建成

みちのくは底知れぬ国大熊(おやじ)生く  佐藤鬼房

 檀一雄
詩に痩せて人涼しげに見ゆるかな     佐藤春夫 

恋語る魚もあるべし春の海 佐藤春夫

檀一雄
能登恋し雪ふる音のあすなろう      沢木欽一

行く秋や夜をひとり巻く半歌仙      島谷征良

煮凝りのとけたる湯気や飯の上     鈴鹿野風呂

湯豆腐やかならず久保田万太郎      鈴木俊策

どうにもならぬこと考えていて夜が深まる 住宅(すみたく)顕信

ざくろ放哉旧居の井戸涸れず      関森勝夫

雪原の汚れぬままに昏れてしまふ     宗田安正

煮凝や他郷のおもひしきりなり      相馬遷子
十一月二十一日
青年波郷電気毛布の夢に出て       相馬遷子


分け入っても分け入っても青い山     種田山頭火
おもひでがそれからそれへ酒のこぼれて    同
うどんを供へて母よわたくしもいただきまする 同

戸をたゝく人も寝声や新酒買       志太野坡

そっと、そっと、詩は花となる      杉山参緑
花となって、うちふるえる

母の死後わが死後も夏娼婦立つ      鈴木六林男


どうにもならぬことを考えて夜が深まる  住宅(すみたく)顕信(けんしん)
見上げればこんなに広い空がある 同

女房のゆばりの音や秋深し        関口良雄

春の闇自宅へ帰るための酒        瀬戸正洋

ちるさくら海あをければ海へちる     高尾窓秋
 
須賀平吉君を弔ふ
生涯にまはり燈籠の句一つ        高野素十
太箸をとりて父母なつかしむ       高野素十

万の翅見えて来るなり虫の闇       高野ムツオ

抒情涸れしかと春水に翳うつす      高橋鏡太郎

友の訃に酒酌む夜の迎春花        高橋 治

木洩れ日の落ちつくところ春の水     高橋睦郎

(九月)
子規逝くや十七日の月明に        高浜虚子
浴衣着て少女の胸の高からず       高浜虚子

おもひでがそれからそれへ酒のこぼれて  種田山頭火
うどんを供へて母よわたくしもいただきまする 同

遺骨なき大尉の墓に桜降る        田村昶三

詩の友と跼むや蛙含み鳴き        田渕行男

会う度に無口になる父鯖を裂く      坪内稔典


他郷にてのびし髭剃る桜桃忌       寺山修司

なつかしや未生以前の青嵐        寺田寅彦

 太宰治へ   
卯の花に酔はねば花も暮れかぬる 檀一雄
国破れ妻死んで我庭の螢かな  同
 紀州
子捨てんと思へど海の青さかな       同
 サンタ・クルスにて
落日を拾ひに行かん海の果         同
 昭和四七年二月十七日坂口安吾
狼のパクパク食はれる赤頭巾        同
 眞鍋呉夫へ
抱(うだ)きあいてイカヅチ受けん乙女がも 檀一雄
五月雨や井のままにゐるかはづ哉 檀一雄
花散るやうづもるる淵に我もゐて 檀一雄
 虚空象眼
堕落天使虚空に星の音ばかり 檀一雄
 絶筆
ガリ笛いく夜もがらせ花ニ逢はん 檀一雄

祈りにも似し静けさや毛糸編む      戸川稲村

カンナ崩れまた燃えつきて原爆忌     徳田惑堂

秋風の背戸から//と昼餉(ひるげ)かな       富田木歩

美しく生まれ拙く囀るよ         富安風生
何もかも知ってをるなり竈(かまど)猫        同
一葉に十三夜あり後の月          同
こときれてなほ邯鄲のうすみどり   同 
満月を生みし湖山の息づかひ        同 
藻の花やわが生き方をわが生きて      同 
落葉ふみ誰にもわかる句を詠まな      同 
まさをなる空よりしだれざくらかな   富安風生

一盞能払万古愁いっさんよくはらふばんこのうれひ 
                    永井荷風

凩やからまはりする水車         中川宗淵

埋もれ火は赫く冴えたるままにして    中曽根康弘 

勇気こそ地の塩なれや梅真白       中村草田男
子を抱くや林檎と乳房相抗(あひさか)ふ 中村草田男

 倫敦にて子規の訃を聞き
手向くべき線香もなくて秋の暮      夏目漱石
菫ほどなちいさき人に生まれたし 夏目漱石
生きて仰ぐ空の高さや赤蜻蛉       夏目漱石


妻逝きて十一月の夕顔咲く       七田谷(なだや)まりうす

おほぜいのそれぞれひとり法師?     成田千空

またもとの花野に還り廃坑区       西村蓬頭
掃苔や首筋拭いて人は老い 西村蓬頭
なづな汁啜りて予後の身を癒やす 西村蓬頭

寒夜聴く主題はいまだ現はれず      野見山朱鳥
胸にのせ寝て弾くギターチェホフ忌 野見山朱鳥

よきことば生まれよと秋立ちにけり    長谷川櫂

 応召
馬ゆかず雪はおもてをたたくなり     長谷川素逝

風も日もたやすくぬけて冬木立      土生重次

田のへりの豆つたひ行蛍かな       林富士馬

波郷の忌近し寒暖定めなく        原 裕
渡り鳥わが名つぶやく人欲しや       原 裕

秋風や模様のちがふ皿ふたつ       原 石鼎

仰向けの口中に屠蘇たらさるる      日野草城
朝顔やおもひを遂げしごとしぼむ     日野草城 

苗札の奥の一つは小鳥塚         藤埜まさ志

秋風や砂の詰まりし貝ばかり        藤田湘子

たんぽぽの種子ゆくりなく上昇す     平出種作 


鰯雲子は消しゴムで母を消す       平井照敏

母のゐさうな夕凍ての蔵障子       広瀬直人

苗札の奥の一つは小鳥塚         藤埜まさ志

ちちははも神田の生れ神輿舁く      深見しんご

控へめに生くる幸せ根深汁        藤波孝生

齢急くともさくら餅ひとつずつ      古沢大穂
ローザ今日殺されき雪泥のなかの欅 同
ロシア映画みてきて冬のにんじん太し 同
白髪みごとしかし俺に神を説くな 同

をととひもきのふも壬生の花曇      古舘曹人

いつおはるわが山旅ぞ霧の音       北條秀司

春星(しゆんせい)や女性(によしやう)浅間は夜も寝ず        前田普羅
人のごとく鶏頭立てり二三本         同

明滅の滅を力に螢とぶ          正木浩一
海に降る雪を思へり眠るため        同

赤子抱く春満月の重さかな        増田守

はまゆふの花終らんと月夜雨       松本蒼石

夢に舞ふ能美しや冬籠          松本たかし

初夢は死ぬなと泣きしところまで     真鍋呉夫
寒月光われより若き父ふりむく        同 
比良八荒われは巷に落ちし雁       眞鍋呉夫

読み初めは「論語」世の中変はるとも   舛添公夫 

日は沈むすでに冷えたる雉の胸       丸山豊

葛飾や桃の籬(まがき)も水田べり     水原秋桜子 
蟇鳴いて唐招提寺春いづこ          同

梅の花この世ばかりを見て歩く      三森鉄治

女湯モひとりの音の山の秋        皆吉爽雨

有難き御世に樗(おうち)の花盛り     南方熊楠

いま生まれし蚊にまつはられ味噌を吊る  宮坂静生

国古し冬の畦道直ぐなるは無く      宮津昭彦

生きていることに合掌柏餅        村越化石

炎天や暗きところを家といふ       本宮鼎三
年逝くよいつもの壁に服をかけ        同
火葬待つ生者は日向ぼこをして    同
夜の鉱区客なき女水を打つ          同

捨乳や戦死ざかりの男たち        三橋敏雄
赤蜻蛉わが傷古く日を浴びて         同

でで虫のえりうつくしき初時雨      三好達治
拾はれし犬のひるねや冬至梅         同

春寒やぶつかり歩く盲犬         村上鬼城
生きかはり死にかはりして打つ田かな     同

ゆきふるといひしばかりの人しづか    室生犀星

切株の木芙蓉(ふよう)兀として秋暮れぬ  森 鴎外

秋はまづ街の空地の猫じゃらし      森 澄雄

固き帽入学近き子にかぶす        矢島渚男
亡き母に享けし体温冬の星        矢島渚男
人になる天女の話余呉の雪        矢島渚男
共に見たき人と見る花美しき 矢島渚男
茫然とをりぬ無風の薄たち 矢島渚男
チェーホフの劇中劇の秋の湖 矢島渚男
亡き人に仕ふるごとく牡丹焚く 矢島渚男

青き地球蚕は糸を吐きつづけ      野頭泰史

生きて又ことしも見たり柘(くわ)の花   柳田国男

すがるものなくてうろたへへちま苗    矢野景一

子を叱る冬純白の父として        山上樹実雄

炎天の遠き帆やわがこころの帆      山口誓子

老妻のひゝなをさめもひとりにて 山口青邨

過去なきごと花に酔いたし花の夜     山口善子

 シベリア抑留中死去
日の恩や真直ぐに玻璃の雪雫(しずく)   山本幡男

白梅のりりしき里に帰りけり       横光利一

菊づくり菊見盛りは陰の人        吉川英治

ふるさとは波に打たるる月夜かな     吉田一穂

親しきは酔うての後のそば雑炊      吉村 昭

年の夜やもの枯れやまぬ風の音      渡辺水巴

鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ    渡辺白泉 

天に蝶止まりて地球瞑目す        渡辺松男
やまわらふまへにけっちゃくついてゐる  渡辺松男
花むしろにんげんだけを余分とし     渡辺松男
山桜普賢は象に乗ってくる        渡辺松男
藻の花やだれもがすこし嘘をつく     渡辺松男
少年や茗荷の花に恋をして        渡辺松男
ふる雪の任意任意を目で追へり      渡辺松男
鳥葬の美少女だったくわんぜおん     渡辺松男
鐘が鳴るすべての彼方あるごとく     渡辺松男
あいまいはあいまいなまま木下闇     渡辺松男
どぢやうなべ母のくちびる厚かりき    渡辺松男






















用のなき雪のたヾ降る余寒(よかん)かな 井上井月

新米や塩打つて焼く魚の味   井上井月
一八二二?〜一八八七?
埋火や何を願ひの独りごと 井上井月
                 


病床やおもちゃ併べて冬籠り  正岡子規
                  一八六七〜一九〇二