内山節『この村が日本でいちばん』について

連休期間、山小屋単独泊。Fはカヌー旅行。Sは有明コロシアム。Gは何をしているのか、また神主かな。

 来週は答案返却。
もうめんどくさいので、門作者がつくった模範解答に手書きで必要なことを書き入れたものを印刷して配ることにしている。で、ただ配るだけじゃ芸がないと、その裏に印刷する文章を書いた。
 生徒向けになにか書くというのは、定年退職後はじめてだった。そのせいか、むやみに長くなってB4裏表になってしまった。芸がなさすぎる。が、授業をしているときと、書き物をしているときだけは年齢を忘れるらしい。

内山節『この村が日本でいちばん』について 2012/10/06
 今回わたしたちは、内山節の『この村が日本でいちばん』を読んだ。試験の結果は、その部分に関してはまずまず。が、自分の授業がなにか食い足りなかったので、付け加える。
 「自分と分離できない確実な場所で見知った人々と関わり合いながら自分を作っていこう」という結論にはさほど違和感はない。
 わたし自身、前世紀の終わり頃、世の中が「これからは国際化とITの時代だ」と浮き足だっているのが気に食わなくて、「いいか。21世紀のほんとのキーワードは、家族と友だちと故里だぞ。」と生徒に言い続けていたし、その考えはいまも変わらない。
 先日みちばたで、東京の大学に行っている卒業生のお母さんから声をかけられた。
──あの子、勉強しているでしょうか?
──いや、勉強のほうはあまり期待しないでください。でもきっと、自分の生き方を見つけて帰ってきますよ。
──ありがとうございます。センセイのことばをそのまま××に伝えておきます。
 違和感がつきまとったのは、その結論にいたる現状説明のしかただ。
 筆者の言っていることを要約すれば以下のようになろう。
 「われわれは、アングロサクソン市場経済グローバル化のなかで、交換可能な労働者として、交換可能な地域で、根無し草のように漂流しつつ、消費されるように暮らしている。」

違和感を覚えること
その1,
 あなた自身は「漂流しつつ消費され」ているんですか?それとも、あなた自身は「確実な地域で、確実な自分」をつくっているんですか? 
 もし前者なら、まずあなた自身が群馬県上野村のような「そこから一生出ない場所」を見つけることが先で、他人にどうこう言う暇はないんじゃないかな。
 もし後者なら、あなたは「漂流しつつ消費され」ている人たちを見下しているように思える。
 でも本当はどちらも違う気がする。
 フランスのラルザックも群馬県上野村も、どちらも現実にある場所だし、内山さんは実際にそこを訪れたことがあるんだけど、あの文章のなかでは、それらは実例ではなく、ただの比喩として用いられているいるんですよね。福岡市西区の高校生があなたの文章を読んで、上野村やラルザックに行って暮らすことは何ら想定されていない。つまり、おとぎ話として書いているんですね。
その2、
 「アングロサクソン市場経済」という以上は、アングロサクソン的ではない市場経済もあるんですか?それは「人間を消費」しない市場経済なんですか?それとも、市場経済をつくりだしたのはアングロサクソンだというのがあなたの考えなんですか?市場経済がひとつの種類しかないのなら、わざわざ「アングロサクソン的」と付け加える理由がわからない。そのことばはただの飾りじゃないですか?
 ※君たちへの語りかけ口調ではじめたのだけど、どうも調子が出ないから、ここからは文体を変えます。
 もちろん、市場経済アングロサクソンが入ってくる前の中国にも日本にもあった。──イギリスのロンドンに「The City」が出来たのは16世紀半ば。そのころ既に日本でも大阪を中心にした商品取引市場が生まれていたし、そこでは信用取引先物取引も行われていた。──内山氏がイメージしている「アングロサクソン市場経済」とは、そういう国内経済や商品の取引市場や流通市場ではたぶんない。彼の頭にあるのは国際経済、それも交易や貿易とは別の金融市場とか、原油天然ガスなどの原材料取引市場、あるいは食糧の取引市場なのだ。そこでは貨幣もまた商品として取引され、一国の貨幣が暴落したり暴騰したりする。第二次世界大戦に敗戦した日本の場合は、円の値段が最初に設定された公式レート(その後のインフレで実勢価格は下がりっぱなしではあったのだけれど)の360分の1になった。つまり外国から輸入するときには戦争前にくらべてバカ高い値段で買わなくてはならなくなった勘定になる。(いま円は敗戦後から4,5倍に値上がりしている。それが日本の現在の豊かさの指標だ。)原油天然ガスもまた需給関係によって乱高下する。現に、原発の全面停止によって火力発電所をフル稼働させねばならない日本の電力会社は頭をさげて天然ガスを緊急輸入しつづけているために、足下をみられて他国の6倍の値段をふっかけられても買わざるをえない。その費用は年間1兆円規模に近いかもしれない。そういう経済市場を「アングロサクソン的」と呼んでいるのだと思う。が、いくら相手が高校生だからといって、あまりにもはしょりすぎだ。「わかっとろうもん?」で通用することではない。ましてや「そんなことはまだ分からんでもいい。オレの言うことを覚えればいいんだ。」という言い方はただただ傲慢なだけだ。
その3,
 労働者が交換可能な存在として登場したのは、アングロサクソン圏内では、労働者が大量に必要となった18世紀か19世紀にかけての産業革命(工場制機械工業の発展)期に遡る。その後、「われわれの生活は豊かになり、われわれの心は貧しくなった」という考え方は、中学校でいやになるほど習ったはずだ。『この村が日本でいちばん』の著者もまたそう考える一人らしい。
 その考え方の当否は別の機会に譲る。ただ、今回読んでいて思ったことのひとつは、「交換可能な労働者」になる前、その人たちはどんな生き方をしていたのだろう、ということだった。想像するしかないが、大半の人々は失業者以前の無業者(働き口が見つからないまま、かけがいのない家族に寄りかかって生活している人)だったのではないだろうか。彼らは「交換可能な労働者」となることで親や兄貴から独立し、自分の家族を持つ可能性を手に入れた。(何%の労働者がその可能性を実現させたか、の統計があれば見てみたい)少なくとも、わたしはそういう「もと交換可能な労働者」の息子だし、そのことには誇りをもっている。7人兄弟の末っ子だったわたしの父親は、自分の能力を最大限発揮することによって4人の子どもを得た。敗戦直後だったので確率は悪いが、その内の2人をぶじ育てあげた。もし彼に開拓者精神が養われていなかったら、わたしは今この世にはいない。
 グローバル化とは20世紀後半から使われはじめた概念だ。つまり、「交換可能な労働者」が生まれたとき、まだ経済的グローバル化は始まっていなかった。むしろ思想的グローバル化のほうが先行していたのだが、それは今回の話題とは別のテーマになる。

その4、
 「交換可能な地域」を否定的な文脈のなかで使っている理由がわからない。著者は、対句的なカッコイイ表現をするために、強引に「交換可能な地域」という表現を付け加えただけではないのか?
 「故郷」は21世紀の重要なキーワードだ。それをどのくらい重要だと考えているか知りたかったら、いつか授業時間に隙間ができたときに教室で質問しなさい。ちゃんと答えるから。
 しかし、生まれた場所しか「故郷」と呼んではいけないとは思っていない。第2の故郷や第3の故郷があって少しもかまわない。
 今から500万年ほどまえ、アフリカのどこかで生まれたわれわれの先祖は、その後、北に移動し、西や東に拡がり、ついにこの細長い列島ににまでたどり着いた。その人類の移動はもう終焉したとは、わたしは思っていない。まだ今も、人々は「自分たちの場所」を求めて移動しつづけている。白鵬・日馬××頑張れ。香川・長友負けるな。
 見つけ出せればいいのだ。生まれた場所だけが唯一の故郷ではない。
その5,
 「根無し草のような漂流」について、
 もう10年以上まえ、「ジャンクヤード」ということばを使いはじめた男、として紹介された人がいる。アメリカの学者だった。そのことば自体そのとき初めて知った。その後、インスタント食品などを「ジャンクフード」と呼ぶのも知った。「得体のしれない場所」「得体のしれない食い物」。そういう意味なのだろう。天神や博多駅の雑踏のなかにいるとき、ふとその「ジャンクヤード」ということばを思いだす。しかし、匿名の人々のなかに紛れ込んでいる匿名の自分になにやら安心感を持つことのほうが多い。
 福岡空港の飛行機の発着が見られるカフェにいるときのように、列車の乗降客を眺められる秘密の場所が気に入っている。自分もそのなかの無名のひとりとして。
 なに、漂流物もいつかどこかにひっかかって落ちつく。第一、「根無し草」もただの比喩だろう?根はある。その根がまだ地面に潜り込んでいないだけだ。枯れる前に、腐れるまえまでには必ず根付く。それがどんなに浅い地面ではあっても根付いているから生きていられるに決まっているじゃないか。
 それにこの国には、能因法師西行、宗祇、芭蕉と、旅に生き旅に死んだ詩人を尊敬し、自分にはできない生き方に憧れる伝統がある。8世紀中国の杜甫(『春望』の作者)は日本人にとって永遠のアイドルだ。20世紀の山頭火の人気が少しも衰えないのには深いわけがある。
 それら漂泊詩人への哀惜の念は、日本だけではなくヨーロッパにも中東にも今も息づいている。或いは、さまざまな流離譚は、どの民族にとっても大切な記憶としていまも語りつがれているし、これからもそうだろう。
 「漂流」というイメージを、なにか「難民」扱いしているかのような文章には、やはり違和感を禁じ得ない。
 むしろ君たちは少なくとも何らかの形で、いったん「ここ」を出てみる勇気を培(つちか)う必要がある。その勇気を削ごうとするような大人を私は信用しない。(内山さんをそんな大人だと決めつけているわけではない。というより、そこまで具体的に考えているようには見えない。)
6,
 「消費されるような暮らし」について
 「消費されるように暮らす」の対義語は「生産されるように暮らす」ことになる。論理的にそうなる。
 はっきり言うが、「生産されるように暮ら」すくらいなら、「消費されるように暮ら」すほうが私ははるかに満足する。が、もっと満足する生き方は、「生産しつつ消費する」生き方だ。大昔の人々のように、生産とも消費とも無縁の暮らし(食糧を採集して食うだけの生活)をいまさらしたいとは思わない。

 いまから約2500年前、老子は「小国寡民」を唱えた。殷が亡んだあと中国で強力なグローバル化がはじまった春秋時代のことだ。
 「小さくて無力な国ばかりになったら平和をとりもどせる」「機械を棄てて人力でできることだけに戻そう」「文字は捨てよう」
 その「小さくて無力で平和な国」のイメージと、内山さんのいう「外に出たことがない私が言うのだから間違いない、日本でいちばんいい村」のイメージがダブる。
 人間は紀元前から、新しい大きなキャパの時代を怖れ、過去の小さな世界に戻りたい気持ちを捨てきれなかった。いまもそうだ。フランスの哲学者は「人間はあとずさりしながら未來に足を踏みいれてきた」のだと言う。
 が、楽天家(さきほどとは別のフランスの哲学者は言う。「悲観は感情であり、楽観は意志だ。」)は、そんなに遠くないころ、「台湾にも、韓国にも、ハワイにも行ってきたばってん、やっぱ日本がいちばんいいばい」という若者がふえれば、それでいいんじゃないかなと考えている。それは、そんなに難しいことではない。不孝者だった男の記憶では、家族を思いだすこともまたじゅうぶんに可能だ。
 さらに、かけがえのない友人をもちなさい。そのほうが青春期の君たちにとっての大きな課題だ。ハンパに生きている者にはハンパな友だちしかできない。自分を燃焼させて生きている者には熱い友だちができる。
7,
 「確実な自分」について
 正直に言うが、この年になってもまだ「確実な自分」なんか見つけていない。曖昧模糊。暗中模索。切磋琢磨。臥薪嘗胆。千変万化。朝令暮改。朝三暮四。噴ヒ(忄に非)啓発。
 たぶん人生のどこか、けっこう早い時期に、「確実な自分」を見つけるのを諦めたフシがある。それでも生きられた。生きられたし、この年になったら、なんだか「自分」に手応えを感じはじめている。  「自分」なんて、どうせコンビニでも百キンでも手に入らないことぐらいは子どもでも知っている。けっして焦らないことだ。慌てたら大切なものを育てそこなう。「自分」は一生かけてつくるべきものだと今は思っている。つくりかけて、そのうち認知症がでて、できかけた自分が誰かをまた忘れていく。それでいいんだと覚悟を決めている。
 それでもごく少数の家族と、少し多めの友人と、何人だか分からない教え子と、たった二匹の犬とが、いまの私にとってのかけがえのない存在だ。そのなかの何人かと二匹は、私のことをかけがえのないものとして意識してくれているものと信じている。
 君たちもいつか、かけがえのない人と、きっと出会いなさい。すぐには分からないかもしれない。しかし、いつかある日、ああこの人は自分にとってかけがえのない人なんだなと気がつくときがきっと来る。そのときのために必要なものは、たくさんの忍耐力とほんのちょっぴりの勇気。
 その日のために、今日も勉強!!
 オチがついたところで今日は終わります。
8,ここまで書いて、やっと著者に対する違和感の源に気づいた。
 この人は、私たちにはなにか「交換可能な現実」がどこかに用意されているかのような幻想を与えようとしている。それは決して哲学ではない。

別件
 2年生の中間考査の範囲に、内山節のがあった。「この人の文章は一本調子で、読んでいて考えなければいけないところがない」と言ったのだけれど、「でも、小論文のネタになりやすいですから」と若い教師が言う。なるほどと承諾した。あと一つの理由は4時間以内に終わらせられる文章でなければならなかったから都合がいいこともあった。
 文章は「グローバル化してゆくにつれて、人は根無し草のように漂流しはじめた」という内容。
──たしかに、そういう否定的な面はある。しかし同時に、それまで土地に縛り付けられていた人々は自由を手に入れもした。ものごとを一面的にのみ見たのでは本当のものごとは見えて来ない。
 第一、家に帰って親に、「お母さんは漂流しようとげなね?」と訊いてみろ。「何言いようとね、あんたは!!」と叩かれるぞ。ましてやお父さんに(お父さんがいない人はごめんね)「お父さんは根無し草のようやね」と言ってみろ。「何を!! このマンションを買うて、お前の部屋を作ってやったとはだれか!? ここはオレたちのお城ぞ!!」とのどやしつけられて蹴たくられるぞ。蹴たくられて当然だと思う。
 と話した。その次の授業のとき、生徒会長立候補者がすっと手を挙げた。
──センセイは漂流しているんですか?
 まわりの生徒たちが笑う。
──はい、漂流しています。
 あてがはずれたという顔になったので、付け加えた。
──わたしは、漂流するのが好きなんです。
──おおう。