斎藤史歌集抄録

抄録

     齋藤史歌集


魚歌 昭和十五年三十一才

   「魚歌」以前

 昭和六年 二十二歳

草木らはおだやかに眠る夜を窓にわれはあかりを燃やさねばならぬ

 昭和七年 二十三歳

白い手紙が届いて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう

さびしさを人にうつさぬ善行を持ち堪へ來て今日も眠るなり

はとばすまであんずの花が散って来て船といふ船は白く塗られぬ

窓ぎはに黄の鳥籠を置きてより來て住む鳥のあると思へり

太陽神(ジユピター)がとはうもない節の鼻歌をうたひ出すともう春であった

時劫(とき)さへも人を忘れる世なれどもわれは街街に花まいてゆく

春風に窓をあけようと思ひ居る楽しさなれば窓は閉ぢてある

 昭和八年 二十四歳

母がつぶやく日本の子守歌きけば吾はまだまだ生きねばならぬ

五線譜に花散りやまずあたたかき黒い挽歌も音色ふくみぬ

靴先にとらへた鳩のとりかげを空に放てば午後のま白さ

引金を引くあそびなどもうやめて帽子の中の鳩放ちやれ

幾百といふ地方より來し祖先(ちちはは)のおびただしさよわが身のうちに

   済南事件(昭三)の責を負ひ(父)軍職を退きたりき
さかさまに樹液流れる野に住んでもくろむはただに復讐のこと

 昭和九年 二十五歳

野性仙人掌(さぼてん)や竜舌蘭の葉に刺されゆく白い不運はしあはせらしく

午後にかけて海は傾く船付場の岸壁の上に誰も立てない

 昭和十年(結婚)二十六歳

定住の家をもたねば朝に夜にシシリィの薔薇やマジョルカの花

あかつきのなぎさぬかりて落ち沈みわがかかりたる神神の罠

植物は刺(とげ)をかざせり神神は罠あそびせりわれは素足に

かりかりと山の果実(このみ)を噛みこぼす朝は餓ゑたる栗鼠のごとくに

 昭和十一年 二十七歳

   二月廿六日、事あり。友等、父、その事に関る。

羊歯(しだ)のの林に友ら倒れて幾世経ぬ視界を覆ふしだの葉の色

   五月廿日、章子生る。同廿九日、父叛乱幇助の故を以て衛戍刑務所に拘置せらる。
暴力のかくうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた

生まれ來てあまりきびしき世と思ふな母が手に持つ花花を見よ

   七月十二日、処刑帰土。わが友らが父と、わが父とは旧友なり。わが友らと
   我とも幼時より共に学び遊び、廿年の友情最後まで変はらざりき。

あかつきのどよみに答へ嘯(うそぶ)きし天(あめ)のけものら須臾(しゆゆ)にして消ゆ

額(ぬか)の真中(まなか)に弾丸(たま)をうけたるおもかげの立居(たちゐ)に憑(つ)きて夏のおどろや

ひそやかに訣別(わかれ)の言の伝はりし頃はうつつの人ならざりし

いのち断たるるおのれは言はずことづては虹より彩(あや)にやさしかりにき

 昭和十二年 二十八歳

身をよぢる苦しきときも幾万のさくらの花のふりかかるなり

たふれたるけものの骨の朽ちる夜も呼吸(いき)づまるばかり花散りつづく

まことしやかに寂(しづ)かなる相(さま)もよそほへよ強ひらるれば針に蝶も刺す

天地(あめつち)にただ一つなる願ひさへ口封じられて死なしめにけり

   一月十八日父禁錮五年の判決を受く。官位勲功其他の一切を失ひ、
   軍人三十年の足跡を消したるなり。

何気なく我等居りけりこの父の青き獄衣は眼に入らぬごとく

つきつめて一途なる日も子がわれを呼ぶてのひらはあたたかきかも

 昭和十三年 二十九歳

乳のますしぐさの何ぞけものめきかなしかりけり子といふものは

春ともなれば狐せつなく夕べ鳴き朱の塗物を我はぬぐひ出す

しみじみと墨することもなく過ぎぬ墨することはやさしきものを

かくしつついくたりの骨を拾ふならむわがひろはるる時ぞやすかれ

をりをりは老猫のごとくさらばふを人に見らゆな見たまふなかれ

幾度でもしぼみ又ひらく花を持ちわれは案外しぶときごとし

更にきびしく更にはげしく生くべしと骨にひびきて秋鳴りにけり

森ふかく葬(はふ)り火たきてかへり來れば朱金の衣すでにそぐはず

声のみて視つめしことのおほかたはわれの一生(よ)に言ふべきならず

わが上を夜夜ながれゆく濁水のおそらくは海にとどく日もなき

   九月十七日。仮出獄を許されて、父かへる。

吹きさらされて居るといふともこの野にはすかんぽの花地しばりの花

   夫、教育召集をうけ入隊す。 

べうべうと北の氷原のふぶく日はわれのけものもうそぶき止まぬ

 昭和十四年 三十歳

ああといふまにわれをよぎりてなだれゆくものの速度を見つつすべなし

内海を出てゆくとき花を投げる手帖も投げるはや流れゆけ

湖(うみ)のむかうに夜毎つく灯(ひ)よ凍りたる岩に棲むとも合図す我は

空高くはばたきしもの恥にまみれ野を抉り居(を)るは我か烏か

さからはずげにもすなほに白魚や青菜などある日本の食

日の昏れは山脈(やまなみ)痩せて骨を張りひもじかりけりわがこころさへ

ものふかくなげくにもなしはなびらの落つるときあなといひしばかりを

なだるるものしきりなる秋の夜をねむり我は爬虫類にまだ追はれ居る

 昭和十五年 三十一歳

いふほどもなきいのちなれども生き堪へて誠実(まこと)なりしと肯(うべな)はれたき

うす月のさしそむる頃にふかくひそめし言葉響(な)り出づるごとし

身の憊(つか)れをわが敗北と思ふなとひそかにいひて立上がるなり

   宇都宮陸軍病院なる夫にはかに重態となる。
重症の夫に遇はむとゆく道の草は実となる色の猛(たけ)しさ

羽破れ舞立ちがたき朝の蛾を掃きて捨てつつ夏も終りぬ

ぬめぬめともり上がる春の潮を越え産卵にゆくはわが族(うから)なり

日に夜にひびかふもののおほかたは書きとめがたく沈みてゆけり

首のなきらかんを見れば首のあるらかん共こそあはれなりける

てのひらに死んだふりする昆虫をのせて草生の陽に照らされる

行儀正しいその死真似にこっそりと本当の死がすりかへられよ

赤とんぼ墜ちて死に居るこの道の白さはるかに旅までつづく

年輪に深く食入る虫も居て木立の枯れる山のしづけさ

ほろびたる国の母らは子の手ひきいかなる春を行きつつあらむ

敵前に心ひそめてかへり見る祖(おや)なる國や言ひがたからむ

嗔(いか)りたる我のこころのみじめさは冷えたる飯を噛みておもほゆ

人をかならず近寄らしめぬ一隅をかたくなに持ちて春終るなり

華奢(きやしや)なるはすでにそぐはずひそめたるいのちの隅の一点の朱(あけ)




朱天 昭和十八年三十四歳


 昭和十六年 三十二歳

はづかしきわが歌なれど隠さはずおのれが過ぎし生き態(ざま)なれば

街の果に冬雲垂りてにごりつつわれにとよもすたたかひの歌

目の前に響(な)りて止まざる鐘があり響り終るまで聞かねばならず

   二月廿六日の事件より五年の月日たちぬ
ひとすぢに捨身の道をいゆきたる友夢に来て物言ひにけり

点々としたたるものを残ししがなほつたなくて行方は知らず

草に土に常に恐れてやすらはぬ蜥蜴(とかげ)は美(は)しき尾をひきにけり


杳かなる湖


 昭和十九年 三十五歳

眼かくしされて居るにはあらずやみはりつつ見れども重きわが眼のうろこ

密室に何はからるる知らねども潮に押さるる逆流があり

 昭和二十年 三十六歳

  疎開(両親は北安曇郡池田町、史等は長野市。八月上水内郡長沼村に再疎開)  

しなの路の夕まぐれとぞ衿寒く黄色く低き火を焚きにけり

井戸端に土釜七輪置きしのみを厨(くりや)となせり日も月も射す




やまぐに


 昭和二十一年 三十七歳

雪積りまた雪つもり音もなし心を繞(めぐ)る冬いよよふかき

冬さびて赫(あか)くちぢれしのびるの葉きざみて散らす朝の汁に

やうやくに心をさめて棲み経るや土に埋もるる芹なづな花

とげとげしき山の姿に在り馴れしこの国人よなめらかならず

大食いの犬共は早く殺されて残りしはねずみ取るための猫

草の実はこぼれて止まずまかせたるいのちの前に手をつきにけり




うたのゆくへ             昭和二十八年四十四歳


 昭和二十三年 三十九歳

零下十六度足袋はかぬ子がつま立ちてたたみを歩くあかきそのあし

ぎりぎりに耐へて居るなる寒の夜の裸木立よ枝も枯らすな

去來するものをむなしといふべしや雲翳(かげ)おちて山変貌(かは)りたり

草も畜類も眠りは深き夜の更けにがつがつとものを思ふは何ぞ

豆煎れば豆ひそやかにつぶやけり未來(さき)の世も同じこほろぎの声

口とざし何も言ふとせぬ一群の人思(も)へばまことに世の流れ重し

不意に来て冷酷にものをいひ放つ人は善良な野良の面(つら)せり

日の沒(い)りぎはに虹立ちわたるたまゆらを我は美しきものをいぶかる

白きうさぎ雪の山より出でて來て殺されたれば眼を開き居り

切り捨てし我のことばを人は知らず啼きやみて黒き鳥一羽墜つ

 昭和二十四年 四十歳

寒夜ひしとものの砕くる音のせり凍(い)てきびしくて裂けたるものか

   長野市内に転住

沈みゆきしは太陽のみにあらざりき翳(かげ)ふかき顔に人も我もなりゆく

水にからだを沈めるやうにねむりゆくやや揺れて浮き更にまた深く

少年のまだ肉のらぬ腕すがしく青きりんごを高きよりもぎぬ

書けばみな類型となることばなりわれのも人のも見よいぎたなく

しなやかに熱きからだのけだものを我の中に馴らすかなしみふかき

 昭和二十五年 四十一歳

むしろの下の固まった奇妙な物体を人間と思はねばまたぎて越す

たたかひと戦(たたかひ)の谷間に生きやはり何かをせねばならぬ

きらきらと心の中に戯悪意(ぎあくい)あり気付かぬふりをされてゐて憎し

あまり浄らかな細長い布を渡されてなまなましい傷を包みたくなる

仏像の御顔のうらの凸凹をたどるが如くして否定のうたありき

凝灰岩のへんになめらかに白ちゃけたここから過去にゆく洞穴がある

我もはや逃げずと決めてぼろぼろの足どりもすこしおちつくらしき

わが歌のこき落(おろ)されゐる雑誌伏せ洗濯に立つわが日日のこと

おのれより絶えずおのれを放逐し変貌し否定しかつ敗北す

決して翅(はね)を閉ぢない蝶を飛ばしめよながながと白き持続の刻(とき)に

ためらひとそそのかしは同時に來ておなじつよさに吾を揺すぶるよ

咲きあふれこぼるるときに容赦なく花はおのれを崩し終りぬ

 昭和二十六年 四十二歳

山脈の白い歯が空に向ひてわらひじんじん晴れた凍(い)ての季節

ふるへながら光の中にあふれくる鮮(あたら)しき慾望(よくぼう)の泉がありて

風は己の音を聴き雪己の色を視るいづれ非情の顔つきのまま

終りにはすなほなる死の来ることを疑はず居る今日のさきはひ

脳漿をやはらかく浸す霧が来てこの山の町に春の先触れ

川原いちめん水が走り出す今日は春の狂熱を支へきれるものなく

良薬は信じざれども毒薬はなほ信じ居る君もその一人

かたはらに水の音せり溝水(どぶみず)も流るるときは救はれてゐよ

不純の果にゆめ描くなる純粋をこの観音は持ちたまふらし

こんなにくだらぬふつうの木木が暴風に吹かれるときに劇的に見ゆ

持ちあぐね萎(な)ゆる思ひとなりしとき磨(す)れるマッチの幾度か点(つ)かず

あやふげに子が吹く笛の音のかすれいかなる青年の目を持つ日來む

にんげんの睡りでもない夢持てば観音は瑠璃色のまぶたをおろす

やさしい肩の肉づきなればこの友もすでにかなしみに染みたるならむ

テーブルの平衡を毀して傾くわたくしのコップの水が透明すぎて

 昭和二十七年 四十三歳

敗北の用意はすでになされゐし野の上にも春の花咲きたりし

短き夢いくたびか顕(た)ちまた消ゆるかかる年月をいのちといへり

女は身を投げかけて生くるすべありと爪先あかく見せしサンダル

今日といふここに火をたきつとめつつ残すわが歌の行方はしらず

再軍備可否の論しきり煮える日に心重くして我は餅を食ふ

かりそめの勇気なりともととのへていで立つがならひ旅のあしたは

けだものの肌に陽当たるごとくしてこの枯山の黄なるしづけさ

人の歌の浄まりゆくを見てゐればこの人のいのち長く保(も)たざらむ

乾きたる魚(うを)のうろこをそぎおとす死にてすなほなるものが無慙(むざん)さ

解けがたき世界のとよみひびけども今日といふ日の灯はともしたり

片々たる歌語にこころは凝(こら)したりうつくしきものを小さしとは責めず




密閉部落 昭和三十四年五十歳


 昭和二十八年 四十四歳

   転居。志賀、菅平など見ゆ。

抱きかかへ山の姿など見せ申す 父よこの家に終りたまはむ

   七月 父死す 瀏、七十四歳 

サヨナラとかきたるあとの指文字はほとほと読めずその掌(て)の上に

冬の犬浄きひる寝の姿せり山のけものはいかにねむらむ

 昭和二十九年 四十五歳

   松本市木沢

山国の山のふかさは顕(た)つ声の吸はれてのちに手ごたへもなき

情熱過剰の人といささかずれゐて我はうなぎを食はむと思ふ

 昭和三十年 四十六歳

樹液のぼる春の夜にしていきいきと鎖を切りし犬と少年

偶然も未來も遊ぶ冬の野に無能の棒杭となりて立てり

 昭和三十一年 四十七歳

山峡(やまかひ)に消(け)のこる雪を踏みてあそぶいまだ冬毛の白きけものら

射程に入りし生きものなれば必ずや金属の引金は射つ意志持てり

脱走本能が強きにすぎる春四月 水は流るる手段(てだて)をもてり

雪の中に二人死にたる人の骨あらひ出されて融雪期終る

我に似るな似るなと描く作中の女うつくしき不義の笑顔す

馬いななけば北の原野に置きて来しわが童女期の花ゆれるなり

 昭和三十二年 四十八歳

我の弱味を知られて居れば着崩せし服したしくて夜の壁に吊る

藭は惡事に加担したまはぬつまらなさ安香水を我は床(とこ)に撒(ま)く

雪原に孤絶の点となりし烏 生きもののさびしさにむしろ猟銃が欲(ほ)し

 昭和三十三年 四十九才

ドア開けて押し入る霧に犯さるる 総毛立ちて卓上の桃

すぎゆきに恋(こほ)しきものはなにもなし胎盤も仔も食べし家兎の眼

病みて離縁(さら)れしこの家の嫁を誰も言はず桑の実夏を熟(う)るるくれなゐ

果実幾万白き袋につつまれて夜は魚卵と同じねむりす

着衣剥がれ最後の見栄を失ひし死者の絶望をわれは見とどく

彼岸花咲きて閉ぢざる山峡を婚礼の列 葬に似て歩む

冬の藭貧しく漁夫も貧し 淡水漁獲組合の旗裂けてつくろはず

 昭和三十四年 五十歳

それより揚げし事なし 衰へし父の背後にはためきし日章旗




風に燃す 昭和四十二年五十八才


 昭和三十四年 五十歳

若き〈明治〉はたのしかりしや 袖ひろげ土用干せる母の紋服

失ひし年月に証明あてられて骨董店にならぶ父の勲章

知能うすく育つ少女がてのひらに囲いつつ見す 昼のほたるを

 昭和三十五年 五十一歳

鳴く声のあひださびしき郭公鳥(かつこう)は鳴きやまず聴覚の外に去りても

とつぜんに來しかなしみをやり過す 釘は曲がりつつ打ちこまれゐて

夜おそき乗替駅の蕎麦すする老行商人とわれと葱(ねぎ)匂はせて

不意にしてなみだぐましくも老母が轢(ひ)かれし犬の食器洗へり

今日よりは妻と呼ばれてわれの娘(こ)が群集の中に沒しゆきたり 

 昭和三十六年 五十二歳

孤独なる野鳥ねむれり背の上に未明の雪のそそぎたるまま

雪の山巓に凍(い)てし若者死の後もその母の中に硬直溶かず

彈痕がつらぬきし一册の繪本ありねむらんとしてしばしばひらく

秋風の浜に売らるる磯蟹のまだ煮られざる海色の甲殻(から)

 昭和三十七年 五十三歳

屠場に來し馬が時待つあひだにてそこの短き草食(は)みて居り

不安なる霧笛いくたびひびかせて探りゆけば情緒の領域を超ゆ

黒衣(くろご)われのうしろに居らぬ開幕の劇なりすでにベル鳴りゐて

 昭和三十八年 五十四歳

足折り曲げ夜の馬ねむるこの家よりいまだ異端の出でしこと無くて

灯(ひ)のとどかぬ森の奥よりましぐらにすずめ蛾は來て我に打たるる

貧血の昏迷來(きた)り血の白き魚となりゆくときやさしけれ

体内に持つ浮袋透けて見え稚魚らにかるき春の夕焼

 昭和三十九年 五十五歳

行止りといふ張札(はりふだ)のなされゐて裸木の枝の百舌の磔(はりつけ)

日沒の風の音のみ聴き居たり 昨日(きぞ)の日沒明日の日沒

野の上をゆくとき啼かぬ鳥のむれわが銃口に弾丸(たま)なきときも

不意に逆毛立つ生(せい)へのうらみ おだやかにまなこ閉ぢざるものの遠隔伝心(テレパシィ)

野の井戸に一つ卵を落としたるおろかなる鳥をわれはやさしむ

なべて歴史の積りゆくなか野の井戸の口をせばめて雪はふりたり

夜雨(やう)ののち薇(ぜんまい)いたく伸び立ちてわが鬱屈とにはかに距(へだた)る

矮鶏(ちやぼ)を母とし雉子の雛発(た)てり山にひそみて還らざるため

母鶏(ははどり)はまた孵すべき卵抱く雉子・山鳥・蛇の卵なりとも

かのものら遙けき道をゆきながらときに振向く身内者(みうち)のごとく

倒さるる立木かなしみ見てゐしが間もなく宙に吊られゆきたり

浄き思慕などといふ言葉魅力なくとりかぶとひがん花咲かしめんかな

雲しきり夜いなづまを放ちつつ夏を離脱してゆくものひびく

   笛は吹きてむ

なかぞらに消えつつ降れるうすゆきのとらへがたなきその別れ歌

   うつつまぼろし

日照り雪ひととき乱れ錯覚のごとき一生(ひとよ)とひとは言ふとも

 昭和四十年 五十五歳 草木鳥獣歌

ひとりあそびのごとく葉を落す山の樹よその葉ねもごろに染めあげてのち

たましひのやうやく休息(やす)むときを得て千の掌の葉を捨てし栃の樹

一山の紅葉落ち尽す凄まじきかな 樹樹は血を吹くことなけれども

すうすうと疎林をぬけて行くものに風も歴史も追ひつきがたし

歩幅同じき軍靴の列がわが前を絶えず流れてゐし春秋(はるあき)よ

晩年の父をめぐる日隠しければ今の間に〈死〉の來よとねがひき

   追儺

追払へば逃げゆく鬼と言ひつたへその鬼共のゆきがた知らぬ

追はれゆき道にたふれし異形者(いぎやうしや)の鬼のひとりに花たてまつる

われよりもより(ゝゝ)肩落ちて老いづきし我が來るなり鏡の中を

てのひらはいまだ開かぬ未熟児の空気に触れぬその暗き一部

逞しき生に逢はねどたくましき死多く來るむしろいきいきとして

百年のにぶき歩行者少年もその親も遅遅と湿田を歩む

死者たちの弾く楽音を聴くとして蜻蛉(あきつ)は石に身を寄せゐたり

なまなかに飛翔の皮膚をもちたれば異形(いぎやう)となりしむささびどもよ

 昭和四十一年 五十六歳 針錆びて

凍てし野菜を汁の実として冬信濃 ここ脱けて去る土地を持たねば

鶴となりて翔びゆく魂(たま)のものがたり雪野に墜つる末期(まつご)は書かず

てのひらを今日はひらきて見渡さむ故園の楊柳(やなぎ)みな芽吹きそむ

髪もコオトも乱して冬の風追ひぬく 我より奪ふものまだありや

死後硬直をいかなるかたちにととのへむわがつくる定型の歌短きに

  老母像

老衰のねむりに真昼ただよへる母越えて明治の軍列過ぎぬ

小抽出のものを破きて母がゐる昏れがたの部屋に立入りがたき

老はいかにさびしきものぞ 抽出(ひきだし)のもの整理されておほかたは空(から) 

過ぎゆきしものの音らの鳴るならむふり向きてしきりもの聴く母は

まこといまなにか亡びてゆくなれば ひたすらに沁む花のくれなゐ

かなしみは置きてしばらく火をたけり今年の落葉焚くほどはある




ひたくれなゐ         昭和五十一年 六十七歳


 昭和四十二年 五十七歳

夕焼けがむらさきの網をかけたれば逃れえず野兎も陸封魚(りくふうぎよ)らも

雪に降られつつ湖の辺をめぐりゆく人等無限にめぐるならむか

わが失地地図のいづこかに嵌(は)めたきを地図は無色の雪野を載せず

雪來るにすなはち啖(くら)はむ 若雞の肝(きも)むらさきを・胎卵の朱を

つねに耳を刃物のごとく立てて聴く 日本に狼の族絶えてより

大いなる慈悲かもしれず廃屋を厚く覆ひて雪しづもりぬ

野の道に人と犬とがすれ違ふ互(かたみ)に意識せぬごとくして

凍傷に落ちしわが指くはへ來し犬をやさしみ養はむとす

鈴つけしくるぶし飾り鳴らしゆく春の足ありけふ野の上に

うすずみの夢の中なるさくら花歌を誦(ず)しまつる古き密呪のさきはひは來む

かごめかごめ屈(かご)めと言はれて育ち來し籠の輪の中 狭し 島国

鈴振るは鈴の音きよく聞かむため魂のめざむるよりけざやかに

〈聖者が街に來る〉といふなる錯覚を破るなわれの盲犬のため

サラダ菜の浅きみどりをもて埋めむ 皿の絵の鳥・眼を閉ぢざれば

わが冬の貌(かお)かげりゐる感光紙乾きながらにそれぞれに反る

昭和四十三年 五十八歳

春くればまづ花しろきこぶしの樹それをめぐりてあるけものみち

蟻塚をわがあやまちて踏みしより鶲(ひたき)の雛は蟻に食はれし

声つまらせく(ヽ)わ(ヽ)つ(ヽ)こ(ヽ)う(ヽ)鳥が鳴きしかば季(とき)を乱して咲く朱(あけ)つつじ

こまやかに草は震へてその蔓の痩せたるは見ゆ・明日は見えぬ

胸しぼり鳥は鳴きたり濃緑にがんじがらめとなる季節にて

苦瓜はいかに苦からむとも 成熟に向かひゆくは称ふべきかな

わが手足意志うしなひて眠る夜を羊歯(しだ)は螺旋をほどきてゆきぬ

前(さき)の世に君は刺されてあざみ色の痣の匂へる初夏の首すぢ

生薑(はじかみ)のあかき芽食へば風すずしき口の中きよき雫落きたる

藍格子身をとりかこむゆかた着てみづからに禁忌多き夏來る

テーブルの平衡を信じ居らざればグラスの水の夜をきらめく

黄菊白菊活けられてゐて夜の部屋の死の匂ふごとき危ふさに居り

まさびしき我が怠惰かな手を垂れてゐる部屋の軒に大根がしわむ

すでにいづこを向きても真冬廃坑の黒き口よりのみ湯気を吐く

埋葬の白欲(ほ)りすれば夜の雪・町荒涼となるまでを降れ

 昭和四十四年 五十九歳

暁暗(あけぐれ)の何がはじまるとしもなき空の限りといふはいづ辺(べ)ぞ

おどろなるものあたたかき草枯れの此処に憩ひて行きしものあり

雪に降られて居る町が見えそこさして帰りゆくほかなき我等なり

なほざりに人の命終(みやうじゆう)を思はめやあぢさゐ蒼く炎(も)えゐたりけり

わが掌(て)の中に囲ふ小鳥の巣落ち子が首を伸ばせば見ゆる赤肌

一日を終へておもたきうつそ身の首 枕に置けば底なしに沈む

戦沒兵の手記の中なる街に似る西日差すときこの町はづれ

黒き貨車に閉ぢはこばれてゆくものは奪はれしわれの未來かもしれぬ

風立てばおもひはるけしふるさとと呼ぶべき土地を持たぬ我さへ

 昭和四十五年 六十歳

とめどなく梅散り杏散りその他散るは某日人間不在なることのたのしさ

〈橋懸(はしがかり)〉よりさりてゆくものの羨(とも)しさはそのはしがかり在るといふこと

終着駅より出で來て夜の国道のさらに何処へ人は散りゆく

夏の焦土の焼けてただれし臭(にほ)ひさへ知りたる人も過ぎてゆきつつ

秋に痩せ月に痩せたる魚焼くになほにじみゆく無色の脂(あぶら)

かなしみの遠景に今も雪降るに鍔(つば)下げてゆくわが夏帽子

 修那羅峠
 信州東筑摩郡修那羅峠に、土地の人の刻める小さき石の像、石のほこら、
かつては千二百体あまりありき。ぬすまれて今は、八百体あまり──

冬ちかき光を溜めてゐる草生石は古りつつなほ土ならず

捧げおく山の木の実も黒ずみて人はまづしく祈りて去りぬ

何聞きて耳とがりたるけもの神言葉吐かねば口裂けにつつ

 昭和四十六年 六十一歳

総身の花をゆるがす春の樹にこころ乱してわれは寄りゆく

数粒は鳥に残さむと我は思へど鳥はひとつぶもわれに残さぬ

遺書さへも書けざる盲母(はは)が風の中に言ふつぶやきの何ぞひそけき

獣骨をくはへて埋めに行く犬が我に見られていたくはにかむ

どこか遠くへ行きたいと歌へり・遠くとはいづこぞまことそれを教へよ

若き患者の一人に約す 柘榴(ざくろ)の実あかく裂けなばわかたむことを

 昭和四十七年 六十二歳

天(あめ)に向けし信濃の小弓雪とざす冬のかなしみを引きしぼりたる

廃屋の柱にかかる古時計人去りて幾日きざみて絶えぬ

急に脅えてけもの振向くふりむかれし我はいかなるものと化(な)りゐる

 鬼供養──より
むかし戸隠山に「官那羅」といふ鬼棲み、笛の上手なりき。みやこびと
  「業平」そのよき笛を騙り取りてかへり、みかどに奉る。かへしたまへ
   と願へどもきかれず。京に上りゆきて乞へども、帝、御いらへなし。
鬼おほいにいかりて、荒び狂ひしが──やがて討たれぬ

消されたる千万の鬼の魂しづめきさらぎの雪花なして降れ

一碗の白粥を我は供ふべしその煮られたる白のかなしみ

あはれまた綺語(きぎよ)のひとつと見られむか言へざることを語らむとして

       ○

火口壁を降りゆきし若者かへり來てそれよりいたく無口となりぬ

このあさけ土より出でて出発(た)ちゆけるものあり蟬の透く羽を得て

ふたひらのわが〈土踏まず〉土を踏まず風のみ踏みてありたかりしを

 昭和四十八年 六十三歳 

どの陰画にも写り居らざるひと一人冬のねむりの野に佇(た)ちにけり

誰彼は行きてあそべど老母の汚物洗へば巴里は遠しも

   五月廿四日、夫脳血栓に倒る。救急入院以後──

麻痺の夫と目の見えぬ老母(はは)を左右(さう)に置きわが老年の秋に入りゆく

起き出でて夜の便器を洗ふなり 水冷えて人の恥を流せよ

長き病廊をゆけば終りは非常口そこにのみ明く西日が射せり

茣蓙(ござ)敷きて付添人の丸寝するねむりに〈短歌〉などは來るな

安定剤に頼らず保ちしひとときの草地のごときまた陥沒はじむ

 昭和四十九年 六十四歳

エレベーターの背扉(うらど)は霊安室に向け開くためのものと知りて語らず

知恵にも抒情にもとほし屋上に並べ干す大人のむつき乾きつつゐて

タオル・寝巻(パジヤマ)・旗のごとくにはためきて病院屋上 本日晴天なり

火の山が火をふかく抱く斜面にて万の野鳥は生(あ)れしならずや

われは植物となりたくて呼吸(いき)ひそめ居り小流れの辺の春の鶺鴒

若き日の記憶の隅も荒(すさ)びゆく そのへんで戸は閉ぢられてゐよ

ちりぬるをちりぬるを とぞつぶやけば過ぎにしかげの顕(た)ち揺ぐなり

足裏(あなうら)よりしだいに焼かれ火炙(ひあぶり)の全き死者となるまでの日日

びしょ濡れの疲れし馬は立ちて睡れり我は涙をながしてゐたり

白濁の霧が湖面を覆ひゆく 人の意識もかくて終るや

荒縄に顎(あご)吊されし魚の絵を見つつ心の和ぎゆくあはれ

遠からず逢ふらむことをかぞふれば生よりも死の支度が多し

鳶はかなしみの出口求めて空を廻り不意にわが飢の底に落ちくる

 昭和五十年 六十五歳

ねむりの中にひとすぢあをきかなしみの水脈(みを)ありそこに降る夜のゆき

春めきてふりくる厚き牡丹雪空に余剰のものあるごとし

上膊より断ちしヴィナス その手もて触れしものみな消え失せしかば

演習の機関銃音にまぎれしめ人を射(う)ちたる真夏がありき(処刑忌)

頭上より見おろしたまふ救世(ぐぜ)観音の微笑(みせう)の意味を我は怖れき

顔を覆ひ我はかがめりとりかこむかごめかごめの囚はれのなか

捨てかぬる人をも身をもえにしだの茂みに伏しなほ花咲くに

待ち伏せのたくらみひそむ森の奥へゆかむ待ち伏せの期待に応へ

薄紙の火はわが指をすこし灼(や)き蝶のごとくに逃れゆきたり

流刑者は墓なし碑なし野のあたり黄色(わうしき)こむる日沒のあと

このゆふべ死後の薄明ながれ来て病室のひとりゆきがた知れず

老母(はは)すでに在らざるごとしころ伏して眠れるものは小さきぬけがら

まだ落ちゆく凶凶(まがまが)しき空間のあるといふことがわれの明日ぞ

おいとまをいただきますと戸をしめて出てゆくやうにはゆかぬ生なり

かぎろへば花も茫たり生(いき)の間に遂げむと希(こ)ひしことのかずかず

老い呆けし母を叱りて涙落つ 無明無限にわれも棲みゐて

死の側より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれなゐの生(せい)ならずやも

つゆしぐれ信濃は秋の姨捨のわれを置きさり過ぎしものたち




ひたくれなゐ以後


 昭和五十一年 六十六歳

窓の外にくだるは露か夜しぐれひそやかにして何か近づく

遠方(をちかた)より暁(あけ)のむらさききざすなり死にちかき爪のその蒼紫色(チアノーゼ)

透明なる〈時〉つらぬきて〈死〉來れり 点滴液落つることを止む

   十月十八日 夫尭夫死す
ひとつのいのちここに終りし空間の奇妙に明るき空(あき)ベッドあり

痩せ果てて冷えしなきがらさぐり泣く老母(はは)にくる死も遠くはあらず

雨はわが死ののちにして止むらむか生くる限りは濡れてゆくなる

今日や限りあすや終りと目守(まも)りつつ思ひ慣らし來ぬ死のときを 死を

死期近しと知りゐて言ひし言葉にて葡萄は闇にあまねく匂ひぬ

後悔はしないことにして今日を閉づ踵(くびす)を返すごときさびしさ

老醜の母を視(み)てゐるかなしみと嫌惡のはざま夜の雨ふる

いまわれのこころをうたふ破(や)れ蓮(はちす)茎折れ蓮の上に月照

羽むしられし一羽の鳥の細首のここ通りかつて出でし声ある




渉りかゆかむ              昭和六十年七十六歳


 昭和五十二年 六十七歳

はるかなる緑の山の燃えてよりわれの野鳥は卵を抱かず

冬過ぎて春すぎてさらに衰へむ病む母看取る水ぬるみたり

撃たれたる鳥が落ちくるを待つ犬と われに夕暮はながすぎるなり

横たへて身はねむるなれ眠らざるこころ恋ひゆく億万の花

わがめぐり眞空となる時のあり 群集のなか・万の短歌(うた)の中

  失明の母の老耄いよいよ進む
老(おい)不気味 わがははそはが人間(ひと)以下のえたいの知れぬものとなりゆく 

まぼろしの誰と語りてゐる母かときに声なく笑ひなどする

 昭和五十三年 六十八歳

ふはふはと不意にこころの浮遊してどうでもよくなるときを怖れよ

わが持たぬ浮き袋とふ薄明を魚は身の内に抱きて生きたり

今となりていかなる生も選びがたし 夏の朝の珈琲に咳く

棘(とげ)の木の楤(たら)の芽食(は)めば五月晴 何の復讐(しかへし)とも知らず生きて

日露戦に父が持ちたる双眼鏡敵にあらざりものも映しき

 昭和五十四年 六十九歳

雪の夜に過去形のうた一つ書く母の一生(ひとよ)のはや過ぎたりと

慄然と見て居り我は 手づかみに砂食ふごとく食(は)む母を

韻律と音数律のやへむぐらかきわけゆきてまたもとの闇

櫛の歯に抗はぬ薄き白髪を切りととのへつ時刻(とき)は近づけり

紅葉の上に陽光銀粉のごとく降り木々は今年の死を祝祭す

   母死す。両眼失明、老耄の九十一歳
神無月終るひと日を昏き眠りの中に在りつつ死へ移行せり

惜しまるるこれの命といふべくは老いすぎにけり 人泣かぬなり

のちの世にめぐり逢ふとも思へねば母の落ちたる瞼を撫づる

我を生みしはこの鳥骸のごときものかさればよ生(あ)れしことに黙(もだ)す

さむざむと七曜終るゆふぐれの一灯点(とも)し魚一尾焼く

おかへりとふとつぶやきぬ還りくる何があるとも思はざれども

しをしをと濡れゐる木立の傍(かたへ)過ぎこぼれしものはかなしみに似る

 昭和五十五年 七十歳

もはや何を急ぐにあらぬ冬來れば背曲げ膝曲げやりすぐす世や

日毎來れど長くは居らず執(しふ)うすく去る眦(まなじり)のきよき野の鳥

見おろしに鳥が瞰(み)てゆくわが庭のこぶしあんずの木は切りがたし

水底の魚卵に光とどくなりこのときまさに陽の慈(やさ)しさや

わが二つの掌(て)人の多くの死を弔(とむら)ひ今日は双葉のものの芽に触る

残されし古墨ひとつ父の硯にある夜磨りゆく秘話聞くごとく

この二日どの人もさくら語るなり花待ちて冬を越えし国人

花や春 魚や春とてうろこ赤くはなやぐ魚が川のぼりきぬ

死にいそぐほどのいのちにあらずしてさくらののちの花のくさぐさ

   北国
盛り上げし鮭のはらごのきらめけばものの命無限のごと錯覚す

   旭川市を訪ふ。かつて二回住みたる地、五十三年ぶりなり。旧居あと、
   アイヌ墓地、その他をめぐる。
落日の石狩川は燃えながら少女のわれの中を流れき

 昭和五十六年 七十一歳

この野いまだ人に犯されぬもの持てり北狐尻尾ふとぶと生きよ

谷深くなだれ落ちなば逆落とし 姥捨つるならここ選ぶべし

 昭和五十七年 七十二歳

闇の中白き烏賊(いか)らは発光し何ものかわが頭の中に螢光す

額も鼻も寒き夕よぼたぼたの人情のごとき熱粥つくれ

壁をつたひ歩みし盲母(はは)の指のあとの汚れもすでに目立たずなりぬ

羚羊(かもしか)は岩をとびたりその細き四肢もて高く夕陽をまたぎ

男物の洋傘(かさ)さしゆけば黒の下のくらがり温かきことにおどろく

すかすかとなりたる木立これ以上透けるな死後のこと視えくれば

衰亡といふことばの果の一族のごとしも ひと叢(むら)のすすき枯れたり

秋日の空間を截(き)る光にて過ぎたるものを仮に鳥と呼ぶ

つゆふくむこの草原は歴史の中に骨朽ちゆきし無名者のもの

点ずるは一灯のみにこと足りて隣室暗くあるを疑はず

 昭和五十八年 七十三歳

〈ひとりきなふたり來な〉とて追羽子(おひはご)のむかし重たき袂(たもと)がありし

 昭和五十九年 七十四歳

猫老いていたくものぐさ呼ぶに応へ口は開けど声を出さぬ

あなたまあをかしな一生でしたねと会はば言ひたし父といふ男

尾長鳥羽すがやかに涼しげにあかつき生れし蟬を食ひたり

ふるさとを眼和(なご)みて語るがありふるさとはいかなる胎内ならむ

死地いづこと決めざる軽さふるさと待たざるものは風のともがら

兎の子見てゐれば雪降りいでぬ柔きねむりのかたまり七匹(ななつ)

わが鷄(とり)よ 風のゆくへを知るごとしさればよ來(こ)・來(こ)と我を呼びたつ

鬼と呼ばれ信濃に果てしものの裔(すゑ)もみぢの季(とき)過ぎてより言葉重し

正史見事につくられてゐて物陰に生きたる人のいのち伝えず

見慣れたる一樹が不意に形相(ぎやうさう)を変へたる夜に鳥は落ちたり

心つくしてうたを憎めよその傷のすなはち花となるまで




秋天瑠璃               平成五年 八十四歳

つじつまの合はぬ月日を営為(いとな)みて春夏たがはず着る薄衣(うすごろも)

循環機能今日はいささか活潑にて老女・老雞水しきり飲む

欠のある璧をわが眼に見たること忘れず 闕除(けつじよ)されたる部分

この世にはまた帰りこぬもののため鈴は振るなり秋よもすがら

この森に弾痕のある樹あらずや記憶の茂み暗みつつあり

天上に大風ありや知らずして矮鶏(ちやぼ)が雛抱くこの小世界

遠近の正しすぎたる記憶などつまらなくなる春ひるさがり

とどこほる生のひととせ忘じたる古歌の下の句〈命ともがな〉

いまだ出さぬ返事のひとつ「斎藤瀏とはどんな関りが御有りでしょうか」

薄紅梅きざしそめつつ夕明り あすは淡雪羹を購(か)はむ

蜂の屍のかろく乾ける浄らにて落花のほども媚びることなし

ヒマラヤ兎おとろへて死にけり眼はるかをつねに見てゐき

前世後世ただ茫々とあるなれば溶けぬうちに召しあがれ抹茶入り氷菓

病みて死なざりければ また育てむ棘(とげ)痛き仙人掌(さぼてん)などを
  
矮鶏(ちやぼ)抱けば猫よりかろく淡白にて鳥はさびしき生きものらしき

ふるさとはいづくとも知れぬ渡鳥の屍を埋(うづ)め來しのちの夜の雪

モンゴロイドのわが黄の皮膚を置くべくは白タイルより草生が似合ふ

膝の上に乗り來ておねだりをするときに鶏の足裏の肉あたたかし

われのベッドに坐りたくてたまらぬ雌鳥の してやつたり今日卵産みたり

抱き上げてねんねねんねと鶏にいふ吾子に言ひたるよりもやさしく

繁殖率わるき家系にちゃぼだけがしきりに卵孵化(かへ)し続ける

けろりと軽く生きて居りたしそのさまのそろそろ似合ふ頃ではないか

五郎兵衛新田に今年も水は満ちたり土の匂ひをその名が運ぶ

あやまたず月日は過ぎてめぐりくる雪の二十六日 招(を)が魂(たま)が咲く

はなびらは翳を含みぬ咲ききりてあとどれほどの持ち時間ある

地球時間ときを刻めど死者たちはそれより老いず瞠(みは)りたるまま

化粧柳 氷河期植物
その幹に我は掌をあて友は耳をあつ 人寄らしめて大樹は佇(た)てり

家族とふ枷なくなりし身の今日の終りにて睡くなるまで寝(い)ねず

言葉使はぬひとり居つづく夕まぐれもの取落とし〈あ〉と言ひにけり

いつか必ず階踏みはずす予感持ち知らざる町の駅に降り立つ

短歌死ぬよりはやくおのれの死は來る こは確なる大きしあわせ

するすると夕闇くだり見て居れば他人の老いはなめらかに來る

老いてなほ艶(えん)とよぶべきものありや 花は始めも終りもよろし

野を貫(ぬ)きて青き兇器のごとくありし川來てみればすでに錆びたり

人を瞬(またた)かすほどの歌無く秋の來て痩吾亦紅 それでも咲くか




うつそ身                


垂れ下る空に圧されて一日づつわが沈みゆく地下よ深かれ

ほろびたるわがうつそ身をおもふ時くらやみ遠くながれの音す

しとしとと今日ふる雨は荒れ土に吸はれ尽くして春に足らはぬ

ゆふくれは湖に憑(つ)かるるわが傍(かたへ)二人の子等が來て立ちにけり

沈みゆきしは太陽のみにあらざりき翳ふかき顔に人も我もなりゆく

周辺のみを歩みて一生(よ)終るならじか山のぐるりを人のぐるりを

汗垂りて夕支度する要のなきたのしさよただし今日だけ一日

不毛への憎悪と多産への嫌悪との間にはびこりゆくやぶからし

逃るるすべそれより無くて妻子を捨つ山を降り失職者の中に交れり

繁殖の他は無能なりし土地藭の裔(すゑ)ら酔ひつつ秋祭せり

花はときに人を憎むかすくなくも人を嫌ふと思へてならず

疲労つもりて引出ししヘルペスなりといふ八十年生きれば そりぁあなた

野の昏れてひよこ迷子になる絵本あまり悲しくて孫に送らず

〈コワレモノ注意〉と書ける包み持ち膝病むわれが傾き歩く

このところ歌よりこころ離れゐてばつさばつさ庭木の枝切り落す

干し忘れられたるズボン老い皺みO脚のまま乾きてゆきぬ

膨張し野の上に出たる満月がすこしづつ縮み登りてゆけり

さよならと言ひてすべての終らざる 人の残しし麺麭黴を吹く




風翩翻                平成十二年九十一歳


犬猫も鳥も樹も好き 人間はう(ヽ)か(ヽ)と好きとは言へず過ぎ來て

いかに嘆くとも死は他人(ひと)ごとの火葬場に待つ間固焼煎餅が出る

柑橘の黴すみやかに伝染(うつ)りゆく閉ぢられしダンボールの中の小世界

わがながき凝視の域を出づるべく虫は屈伸をくりかへし居り

この夢はいつか見た夢「再(また)か」と思ひながらに追ひつめらるる

山に多くの迷路あるなり水の道 虫の道 けもの道 風のみち

鶏老いて振舞ひ淡くなりにけりわが側に居ておほかた眠る

耳が忘れし音を聞かせて夜の更(ふけ)に雪がささやくこと稀にある

寒気団近づく気配ただならずこの冬多くのものら果つべし

忽然と街消えて吹雪來りたり 未來こしかた断たれてひとり

生きる樹の耐へ得る限度知らざればその凍裂の音におどろく

ほそぼそと骨すき透る稚魚の日に海への道は指示されにけり

兎の舌がふともわが掌に触るるときこの世に知らぬものの多しよ

髪黒く染めずなりたる頃よりか秋の風景に溶けはじめたる

青りんごくれし彼の日の少年が肩書の並ぶ名刺を出す

胡桃の樹年々の実をひろはれて芽吹くものなし 拾ふはわたし

モナリザの背後の森をわれは見るかならず迷路とならむ道ある

獣園を出でてよろめく 尾の失せて二足歩行のもののひ弱さ

往復の切符を買へば途中にて死なぬ気のする不思議さ

携帯電話もたず終らむ死んでからまで便利に呼び出されてたまるか

おろかなる所業と父を嗤ふあり余塵にまみれ子は生きて來つ

見ないふりしてゐるうちに本当にみえなくなりし人の片側

世紀末世紀のはじめ段差なく 蝸牛(かたつむり)古き板塀を這ふ

山の湖(うみ)の水はしづかに衰へて生死ひそけき陸封魚たち

ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉(あさげ)とし何で残生が美しからう

蛇行する河をますぐに整へし護岸に春を青むものなし

死は断じて鴻毛よりも重ければ尊厳死認む・認めず

日常の瑣末大事に見上ぐれば一刀に断ちしごとき半月

坂道を急(せ)かず転ばず下ることさしずめ今の活路なるべし

野の中にすがたゆたけき一樹あり風も月日も枝に抱きて

風翩翻(へんぽん)はるか虚空にうたふらしわがみづうみのはつか彩(いろ)ふは
   
わが上の九十年を流れたる月日痕跡(あと)なきことのやさしさ


風翩翻以後

  渋柿
つねに何処かに火の匂ひするこの星に水打つごときこほろぎの声

営々と今年もあかき実をつけし渋柿はわが亡きのち伐(き)らるべし

  夕茜
〈在る〉ことのさびしき日ぐれの來て 白鳥は数へ鴨は数へず

返り花は挿すことなかれ おほかたの木は葉を捨てて浄(きよ)まりたるに

真珠色に蛾の卵らの光りゐて醜きものの生るるはず無き

春來(きた)りなば衰へ更に深まらむ予感のありて書く春の歌

  百鬼百藭
わが歌は風に放たむ 山国の狭き谷間に捕はるるなよ

  名残雪
憫笑の中に入りゆく思ひして 九十一歳といふ年齢(とし)になる

右往左往しつつ生き來てとどのつまりふるさとと呼ぶ土地などあらぬ

糸杉が黒く燃え上る絵の中に迷ひ入りたる夢ながく醒めず

くらくらと足元揺るる貧血の歩みの中に今日・明日歪む

血流のうすくなりゆくしづけさよ 魂 いちまいの箔のごとしも

枯原に注げる雨の凍てそめてさりさりと音をたてはじめたり

むかしのやうに温かくなき焚火にて紙屑少し燃やし人去る

身の内の惡細胞にもの申す いつまで御一緒するのでしようか

七階のB病棟の行止り 白きアルプスを正面に見す

国後も野付も雪か 不意にして北の雪降るわが眼の中に

ひつそりと死者の來てゐる雪の夜 熱い紅茶をいれましようね

名残雪なごり重ねていくたびも未練がましも今年の雪は

山国のたためる山の襞越えて去るをよろこべ死後のわが魂

  あられ
水痩せしこの山国を目ざし來る渡鳥のため人は餌を撒く

もういいか いいよと言ひてそれよりの長き短き人のさまざま

  氷塊
境涯に依りたる歌は書くなよと思ひつつ來て逃れ得ざりし

引きずれる過去を持たざる人のうた 氣がきいてワンタッチ開く蝙蝠傘(かうもり)

奥深く梨は腐れてゐたりしよ またしても良き時は逃しつ

  瘤々
叛乱の裔(すゑ)ならざるをざりがにの退(すさ)り退りて人目怖れつ

見上ぐれば地よりすつくと立てる樹は若く老樹瘤々として

老いてなほ流す血ありて手術着の赤き汚れを脱がされてをり

草踏みてゆきて見たりき 隠れ死に見事果ししけだものの骨

有無を言はさぬ時代知らねば〈好き嫌い〉などで取り上げらるるわが歌

  またたき
「ゆふぐれはさびしくて」と亡母(はは)が言ひたるは両眼見えてゐる頃なりき

床(ゆか)踏めば足裏(あうら)つめたき夜しぐれ 昨夜(よべ)鳴きてゐし虫も絶えたり

兵俑のいちにんがふとまたたきぬ 八千体 五千年の直立のなか

彼のまたたきのひとつにさへも及ばざる時間を生きて 存在おぼろ

昭和の事件も視終へましたと彼の世にて申し上げたき人ひとりある

  手術のあとに
七時間意識なき間に変わりたる胸の異形をまだ見ず十日

夜の窓を開けても無音街のひびきも雪も音せず 明日は来るか

頭(づ)の中に降りくる雪の音もなく下降して下降して止(と)め処(ど)なし

更に生きよとならば残りの日を積まむ 虚空底なく雪降らすとも

九十歳の先は幾歳(いくつ)でもいいやうなお天気の中花が咲くなり

二十一世紀人はいかなる歌を書く 九十年生きて我はこれだけ

抗癌剤に髪の毛抜けて頭寒く 杏の散るを見てゐる日暮

  手術(二月六日 二回目)

どこまでが空地(あきち)か国の河川敷か 雪はひといろ闇もひといろ

  病窓日日
さんさんたる雪となりゐつまどろみの昼ひとときの十分の間に

思ひやる汨羅(べきら)の淵は遠けれどそれを歌ひし人々ありき(偶然二月二十六日)

  手術のあとに
突風の起れば野面(のづら)不安にて波状に翔びてゆく鳥があり

文語脈衰滅してゆくときの短歌いかなる表情するや

  記憶
弾痕に似る白毫の跡持てる石仏います 万緑の中

  遺詠

さくらは人と似るべきものかひとり來てあふぐ空中重さ軽さなし



















抄録 齋藤史歌集 補遺







秋天瑠璃

欠のある璧をわが眼に見たること忘れず 闕除(けつじよ)されたる部分

この世にはまた帰りこぬもののため鈴は振るなり秋よもすがら

遠近の正しすぎたる記憶などつまらなくなる春ひるさがり

とどこほる生のひととせ忘じたる古歌の下の句〈命ともがな〉

いまだ出さぬ返事のひとつ「斎藤瀏とはどんな関りが御有りでしょうか」

薄紅梅きざしそめつつ夕明り あすは淡雪羹を購(か)はむ

蜂の屍のかろく乾ける浄らにて落花のほども媚びることなし

ヒマラヤ兎おとろへて死にけり眼はるかをつねに見てゐき

前世後世ただ茫々とあるなれば溶けぬうちに召しあがれ抹茶入り氷菓

病みて死なざりければ また育てむ棘(とげ)痛き仙人掌(さぼてん)などを
  
矮鶏(ちやぼ)抱けば猫よりかろく淡白にて鳥はさびしき生きものらしき

ふるさとはいづくとも知れぬ渡鳥の屍を埋(うづ)め來しのちの夜の雪

モンゴロイドのわが黄の皮膚を置くべくは白タイルより草生が似合ふ

膝の上に乗り來ておねだりをするときに鶏の足裏の肉あたたかし

われのベッドに坐りたくてたまらぬ雌鳥の してやつたり今日卵産みたり

抱き上げてねんねねんねと鶏にいふ吾子に言ひたるよりもやさしく

繁殖率わるき家系にちゃぼだけがしきりに卵孵化(かへ)し続ける

けろりと軽く生きて居りたしそのさまのそろそろ似合ふ頃ではないか

五郎兵衛新田に今年も水は満ちたり土の匂ひをその名が運ぶ

あやまたず月日は過ぎてめぐりくる雪の二十六日 招(を)が魂(たま)が咲く

はなびらは翳を含みぬ咲ききりてあとどれほどの持ち時間ある

地球時間ときを刻めど死者たちはそれより老いず瞠(みは)りたるまま

化粧柳 氷河期植物
その幹に我は掌をあて友は耳をあつ 人寄らしめて大樹は佇(た)てり
風翩翻(未見)

ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう

蛇行する河をますぐに整へし護岸に春を青むものなし

死は断じて鴻毛よりも重ければ尊厳死認む・認めず

往復の切符を買へば途中にて死なぬ氣のする不思議さ

日常の瑣末大事に見上ぐれば一刀に断ちしごとき半月

坂道を急(せ)かず転ばず下ることさしずめ今の活路なるべし

野の中にすがたゆたけき一樹あり風も月日も枝に抱きて

風翩翻はるか虚空にうたふらしわがみづうみのはつか彩(いろ)ふは
   

風翩翻以後

  渋柿
つねに何処かに火の匂ひするこの星に水打つごときこほろぎの声

営々と今年もあかき実をつけし渋柿はわが亡きのち伐(き)らるべし

  夕茜
〈在る〉ことのさびしき日ぐれの來て 白鳥は数へ鴨は数へず

返り花は挿すことなかれ おほかたの木は葉を捨てて浄(きよ)まりたるに

真珠色に蛾の卵らの光りゐて醜きものの生るるはず無き

春來(きた)りなば衰へ更に深まらむ予感のありて書く春の歌

  百鬼百藭
わが歌は風に放たむ 山国の狭き谷間に捕はるるなよ

  名残雪
憫笑の中に入りゆく思ひして 九十一歳といふ年齢(とし)になる

右往左往しつつ生き來てとどのつまりふるさとと呼ぶ土地などあらぬ

糸杉が黒く燃え上る絵の中に迷ひ入りたる夢ながく醒めず

くらくらと足元揺るる貧血の歩みの中に今日・明日歪む

血流のすくなりゆくしづけさよ 魂 いちまいの箔のごとしも

枯原に注げる雨の凍てそめてさりさりと音をたてはじめたり

むかしのやうに温かくなき焚火にて紙屑少し燃やし人去る

身の内の惡細胞にもの申す いつまで御一緒するのでしようか

七階のB病棟の行止り 白きアルプスを正面に見す

国後も野付も雪か 不意にして北の雪降るわが眼の中に

ひつそりと死者の來てゐる雪の夜 熱い紅茶をいれましようね

名残雪なごり重ねていくたびも未練がましも今年の雪は

山国のたためる山の襞越えて去るをよろこべ死後のわが魂

  あられ
水痩せしこの山国を目ざし來る渡鳥のため人は餌を撒く

もういいか いいよと言ひてそれよりの長き短き人のさまざま

  氷塊
境涯に依りたる歌は書くなよと思ひつつ來て逃れ得ざりし

引きずれる過去を持たざる人のうた 氣がきいてワンタッチ開く蝙蝠傘(かうもり)

奥深く梨は腐れてゐたりしよ またしても良き時は逃しつ

  瘤々
叛乱の裔(すゑ)ならざるをざりがにの退(すさ)り退りて人目怖れつ

見上ぐれば地よりすつくと立てる樹は若く老樹瘤々として

老いてなほ流す血ありて手術着の赤き汚れを脱がされてをり

草踏みてゆきて見たりき 隠れ死に見事果ししけだものの骨

有無を言はさぬ時代知らねば〈好き嫌い〉などで取り上げらるるわが歌

  またたき
「ゆふぐれはさびしくて」と亡母(はは)が言ひたるは両眼見えてゐる頃なりき

床(ゆか)踏めば足裏(あうら)つめたき夜しぐれ 昨夜(よべ)鳴きてゐし虫も絶えたり

  手術(二月六日 二回目)
どこまでが空地(あきち)か国の河川敷か 雪はひといろ闇もひといろ

  病窓日日
さんさんたる雪となりゐつまどろみの昼ひとときの十分の間に

思ひやる汨羅(べきら)の淵は遠けれどそれを歌ひし人々ありき(偶然二月二十六日)

  手術のあとに
突風の起れば野面(のづら)不安にて波状に翔びてゆく鳥があり

文語脈衰滅してゆくときの短歌いかなる表情するや

  記憶
弾痕に似る白毫の跡持てる石仏います 万緑の中

  遺詠
さくらは人と似るべきものかひとり來てあふぐ空中重さ軽さなし



斎藤史

  明治四二年(一九〇九)二月一四日東京生まれ
   深志高校内に祖父順の歌碑 父瀏は養子
   小学校時代から父にしたがい、旭川市、津市、小倉市に転住。
   小倉高等女学校(現小倉西高校)卒業後、旭川市に住む。
  昭和二年(一九二七)一八歳 熊本市へ転住
  昭和五年(一九三〇)二一歳 東京へ転住
  昭和六年(一九三一)二二歳 堯夫(たかお)と結婚
  昭和一一年(一九三六)二・二六事件 
     旭川北鎮小学校同級生栗原安秀・下級生坂井直死刑
            同 五月 長女章子(あやこ)生まれる
  昭和一四年(一九三九)三〇歳 夫堯夫軍医予備員として宇都宮に召集
  昭和一五年(一九四〇)三一歳八月『魚歌』装丁棟方志功
  一一月『歴年』
  昭和一六年(一九四一)三二歳 長男宣彦生まれる
  昭和一八年(一九四三)三四歳 『朱天』
  昭和一九年(一九四四)三五歳 散文集『春寒記』編集長岡輝子
                 堯夫病気除隊
                 東京初空襲
  昭和二〇年(一九四五)三六歳 長野県に疎開 
              八月に再疎開した長沼村で終戦を迎える
  昭和二二年(一九四七)三八歳 歌文集『やまぐに』
  昭和二三年(一九四八)三九歳 小説『過ぎて行く歌』挿絵辻村八五郎
  昭和二四年(一九四九)四〇歳 長野市内に転住
  昭和二八年(一九五三)四四歳 『うたのゆくへ』
                 父瀏死去
  昭和三四年(一九五九)五〇歳 『密閉部落』
  昭和四二年(一九六二)五三歳 『風に燃す』
  昭和五一年(一九七六)六七歳 『ひたくれなゐ』
夫堯夫死去
昭和五四年(一九七九)七〇歳 母キク死去
  昭和五五年(一九八〇)七一歳 エッセイ集『遠景近景』
  昭和五七年(一九八二)七三歳
   長野市城山、水内藭社境内に歌碑建立
    夏草のみだりがはしき野を過ぎて渉りかゆかむ水の深藍
昭和五八年(一九八三)七四歳
   北安曇郡池田町内鎌藭社境内に、瀏・史歌碑建立
    黒染のそれとまがへど牡丹花のむらさき匂ふおぼろなる月 瀏
    やまぐにの春の遠さよ夕空は燃えておもひを深むるらしも 史
  昭和六〇年(一九八五)七六歳 『渉りかゆかむ』
  平成四年 (一九九二)八三歳
    長野市大豆島に記念碑建立
    思ひ草繁きが中の忘れ草 いづれむかしと呼ばれゆくべし
  平成五年 (一九九三)八四歳 『秋天瑠璃』
  平成八年 (一九九六)八七歳 
    長野県東筑摩郡明科町に親子歌碑建立 瀏の実父三宅逸平次の筆塚も移築
    わが立つは天のさ霧の中ならず真日遍く照る大土の上 瀏
    つゆしぐれ信濃は秋の姨捨のわれを置き去り過ぎしものたち 史
   同年(一九九六) 
    塩尻市小野藭社境内に歌碑建立
    ひらひらと峠越えしは鳥なりしや若さなりしや声うすみどり 
  平成九年 (一九九七)八八歳 
    宮中歌会始 召人
    野の中にすがたゆたけき一樹あり風も月日も枝に抱きて
平成一二年(二〇〇〇)九二歳 『風翩翻』
  平成一四年(二〇〇二)四月二六日死去 九三歳

参考
   昭和三七年(一九六二) 歌誌「原型」創刊
昭和五五年(一九八〇) 既刊八冊から自選集『風のやから』沖積社
昭和五九年(一九八四) 「短歌」七月号《斎藤史》特集
   平成六年 (一九九四) 七月 「短歌」斎藤史の世界 特集 
   平成七年 (一九九五) 対談集『ひたくれなゐの人生』
   平成一〇年(一九九八) 対談集『ひたくれなゐに生きて』
平成一三年(二〇〇一) 「短歌朝日」七月号(通算二五号)斎藤史特集